QUOTATION

ファッションブランド BALMUNGインタビュー Vol.1

interview & text: Yoshiko Kurata

2009S/S「GRAYSHIT」

 

 

Lady Gaga、TERENCE KOH、でんぱ組inc.、MADEMOISELLE YULIA、など幅広いジャンルの人たちに衣装提供を行い、海外雑誌「NOT JUST A LABEL」, 「Zoo magazine」など国内外問わず注目を集めているブランドBALMUNG。ひとつのキーワードだけで表すことは難しい世界観を放ちつつも、その独創的なクリエイションが多くのクリエイターやストリートの若者を着実に惹きつけている。BALMUNGのデザイナーであるHachiに、クリエイションのインスピレーション源、BALMUNGのこれまでの作品について、パリでの展示会や今後の予定などについて語っていただいた。
(Vol.2に続く)

 

 

 

 

■ブランド名”BALMUNG”の由来が、大好きなゲームに出て来る剣の名前だそうですね。今でも、アニメやゲームについてTwitterやブログで目にしますが、昔からアニメなどに興味があったんですか?。作品や自分への影響はありますか?

ゲームに関しては、小学生の頃から高校生くらいまでかなり好きでした。小学校の頃は放課後などの学校以外の時間は全てゲームをやっていました。外で友達と遊ぶことも少なかったです。アニメについて”作品”として意識的に興味を持ち始めたのは、2008年あたりからです。アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」といった作品は僕にとって、ただの幼い娯楽作品というよりは、現代や未来を示唆するむしろ大人の人こそが見るべき“現代作品”として入ってきました。

■高校では電子制御工学を学ばれたそうですが、それは今でも服に影響を与えていますか?

直接的な影響は少ないとは思いますが、工学を学ぶということは数学を学ぶことでした。結果的に現実応用的な意味で数学的センスを学ぶ様々な機会が、学校に通う中でたくさんあったんだと思います。それが、自分の論理形成や考察力や観察力に影響を与えてると思います。

■いつからファッションに興味を持ったんですか?きっかけなど。

大きなきっかけは中学生の頃です。私服姿で通う塾の中で、そういった社会性を身につけていきました。そして、中学3年生くらいからファッションデザイナーになれたらなあ、っていう漠然な希望みたいなのを持ち始めました。

■専門学校卒業後に、渋谷vacancy club、当時新宿にあったCANDYで服を置いていたそうですが、デザイナーとしての転機はいつ頃でしたか?

転機というと色々あるかもしれませんが、現在のbodysong.の青木、runurunuの川辺、またロンドンのKEI KAGAMIで2年間アシスタントに行ったobsessのデザイナーの北田、そしてスタイリストでプロップアーティストでもある市野沢、あと僕のBALMUNG、その5人によって作られた“dinner”という空間エキシビジョン的な展示会がありました。それを3年間の中で幾度かおこなったことで、ブランドとして作家性をそれぞれが持つようになったことですね。

■都市と人間をコンセプトにしているそうですが、詳しく教えて下さい。

“都市”つまり場所性と、そこに存在する”ヒト”との相互作用の様。そういった空間的であり間接的でもある様子に影響を大きく受けています。ロジック的な意味だけではなく感覚的な部分も大きいのですが、ずっと前から僕自身なにか考える時には、必ず街、都市、国、地域における人とその場所との相互関係について考えてばかりでした。

例えば、当時の原宿という街の「特異性」であったり、東京という高密度な都市が持つスケール感などに憧れやフューチャリスティックなフェティッシュさを感じていました。人々または個人によって生み出されたものが影響、波及することで街、都市に対して変化やエネルギーをもたらす。またその影響を受け、変化したその場所性が、人々や個人における個人性のようなものに大きな影響を及ぼす。

そういった螺旋構造を持っている関係にとても興味があり、その渦の中から派生していくリアリティが、宗教性を生んでいく様にファッションの根拠を確信していたりします。個人性とマス性におけるその揺らぎが面白いと思いますし、また都市と人間による進化論的な新陳代謝が作る“新しさ”とか“時代”のようなものを観察したり、想像することにとても興味があります。こういったことに僕自身が興味があるので、つまり、時代や社会や場所や人に対してそのような目線を向けているので、自然とそこから得られるフィードバックがインスパイア源となり、服作りなどに反映されていると思います。

■都市として秋葉原、渋谷とかに興味があるようにイメージしますが。

今は秋葉原や渋谷よりも、”街”という意味でWeb空間として「ニコニコ動画」に興味がありますね。僕にとって、あの中が本当に街とか国みたいに感じます。今って新自由主義みたいなところあるじゃないですか。もう国っていう体裁の単位を飛び越えて、企業単位で世界が回ってる、動いてるような。ネットやWebサイトも、もしかしたらそういうふうになれるような気がします。そこにオリジナル言語や文化が成り立ち始めて、その文化が新しい人や場所を生み出しています。

■BALMUNGの服は、かなり東京的というか独特で、身体をベースにしたような服が少ないように思いますが、パリの展示会や海外ショップでの反応はどうでしたか?

単純にヨーロッパとアジアではそれぞれ違う反応を受けるのですが、アジアに関しては特に決定的な差は感じません。ヨーロッパの中にも違いはあって、イタリアの人などはBALMUNGの服の構造性の部分にとても興味を示してくれることが多いです。ロンドンなどではBALMUNGのビジュアル的な強さみたいな部分に興味を示してくれることが多い気がしてます。

■パリでの展示会に出て、日本との違いなど何か感じたこと、カルチャーショックなどありましたか?

外に出てみて気づいたことはたくさんあります。日本では、村上隆の言う「スーパーフラット」完成後の社会リアリティであるので、例えばモードという文脈もひとつのジャンルや要素にしか過ぎないと思っています。娯楽としての1テイストでしかなく、本質ではありません。しかし、パリなどではモードというのは、今の日本のストリートファッションのようなもので、フランスなどの西洋車騎亜の歴史や都市性を背景とした宗教性が、自然と形成した形がモードといわれる価値観や服装であり、それは特別なものでも何でもなくてとても普通のものであるのだということ。なので、日本でストリートファッションと言われるような“形”が、西洋で言うモードにあたるということを感じました。

■パリ以外にもロンドン、ベルリンなど海外にも行ったことがあるそうですが、客観的に観た日本/東京の良さや面白いところ、自分の作品に残すべきものなどありましたか?

日本そして東京は、世界でもかなりクレイジーな特殊な国だと思います。その特殊性が、こんなにも唯一無二な面白いカルチャーを生み出しています。戦後唯一のアメリカ思想の「大衆資本主義、民主主義」の思想や仕組みを戦後の焼け野原のゼロに近い状態から積み上げていき完成させた。ある意味ではアメリカ以上に思想が、現実として完成されている世界だと思います。

「働いたら負けだと思っている」「自宅警備員」などのニート的な標語というか言葉には、様々な歴史背景や思想形成の跡が見えています。こんなスタイルは、世界のどこも見てもあり得ないと思いますし、非常に刺激的にインスパイアされます。しかし、突然変異に見えるこういった価値観も、実は昔からの日本の伝統的な価値観である「貧」の文化と歴史的に直結していたりするんです。実は、一見不思議に思えるこういったへんてこりんな思想や現象は何もおかしなことではなかったんです。

■エキシビジョンやインスタレーションなど空間を巻き込んだ作品が多いですが、ショーには興味はないんですか?

ランウェイショー的な表現に対して、特に執着のようなものはないです。そもそも発表方法そのものが宗教性そのものでもあると思っています。なので、例えば一般的なランウェイショーをやること自体、そのまま西洋文脈のような、そういう価値観の上に服を乗せて表現、見せることになります。

そう考えると、ぼくの服は、ストレートな西洋の延長線に存在している服ではないです。つまり、BALMUNG自身の伝え方としては、特にそういう場面でなければ、ランウェイショー表現というのはしたくないと思っています。インスタレーション的なアプローチが多いのは、BALMUNGの服にはフィールドや空間など限定的な場所性が必要だと思っているからです。

■完全ハンドメイドで制作していますが、なにかこだわりがありますか?

単純に自分の作り方で作っている服は、自分が一番よく作れる、というシンプルな理由があります。あと、たくさん作っていると自分自身の作る能力が成長するというのもあります。絶対的なこだわりというわけではなく、単純に現在の製作環境のスタイルといった感じです。

 

 

 

October 14,2013

2009A/W「NOISE」

2012S/S「零」 photo:Hiroshi Manaka