Cinemalaya Philippine Independent Film Festival 2016レポート vol.1「SHORTS部門」
text: asako tsurusaki

“Fish Out of Water” by Mon Garilao
東京国際映画祭や東京フィルメックスなど、映画祭が目白押しの東京の秋。中国やインドネシアなど相変わらずアジア映画の勢いが激しいが、近年その中でも目立っているのは、フィリピン・インディーズ界で最も大きな映画祭Cinemalaya Philippine Independent Film Festival(以降、Cinemalaya)を通過してきた、熱き若手映像作家たちの台頭だ。2014年に東京フィルメックスで上映された故フランシス・セイビヤー・パション監督作品『クロコダイル』(原題”BWAYA”)が同年のCinemalayaに続きフィルメックスでも最優秀作品賞を受賞したことも記憶に新しいが、特に今年は路上生活者の若い夫婦をリアルに描いた『普通の家族』(原題”PAMILYA ORDINARYO” / Cinemalayaで最優秀作品賞を始めとする数多くの受賞)が今年の第17回東京フィルメックス東京に、またアメリカとフィリピンのミックスである少女のガールズ・パワー溢れる『I America』(原題同じ / Cinemalayaで最優秀助演女優賞受賞)が第29回東京国際映画祭で上映されるなど、日本マーケットでもその存在感を益々大きなものとしている。
マニラでは他にブリランテ・メンドーサが主催するSinag Maynila Film Festival、テレビ局Cinema Oneが開催するCinema One Original、ケソン市が主催となるQCinemaなど数多くの映画祭を抱えているが、Ciemalayaは若手映像作家たちがその後国際的に羽ばたくための大舞台としての役割が顕著な一大マーケットであることが特徴的だ。
そんな世界中に映画を届けているCinemalayaより、今夏上映された作品を数本ピックアップ。各監督より少しだけ話を聞くことができたので、紹介したい。2016年度のCinemalayaのテーマは”Break the Surface”。その名の通り、水平線を割るようなみずみずしい作品が多く集まった。
今回は「SHORTS部門」と「FULL LENGTH部門」の2回にわけて紹介する。
「SHORTS部門」
“Fish Out of Water”
監督:Mon Garilao
受賞:Best Director(Short Film) — Mon Garilao (Fish Out of Water / 플라워혼)、Special Jury Prize (Short Film): Fish Out of Water
韓国とフィリピンのミックス・ルーツを持つティーンエイジャーの少年ミンジェは、いつもミックスが故の差別を受けていた。そんなミンジェの一番の希望は、韓国人と同じコミュニティに属するということ。しかしフィリピン人であるシングルマザーより彼をフィリピンに帰すことにしたという決断を聞かされ、やり場のない葛藤に溺れるミンジェはある決意をする…。史上最年少19歳という若さで釜山国際映画祭のアジアン・フィルム・アカデミーに認められ、イ・チャンドンの元で映画を学んだ新進気鋭の映像作家Mon A.L. Garilaoによる、自らのアイデンティティを探る少年の旅路。韓国におけるフィリピン・コミュニティという日本ではあまり馴染みの無い世界を、乾いた静謐さと瑞々しい感性で描いている。タイトルの”Fish Out of Water”とは、strangerが感じる、自分が住んでいる世界に対する、場違いで居心地が悪い独特な気持ちを指す慣用句。主人公ミンジェ(Fish)が住む韓国の世界(Water)でうまく泳げずにもがく姿が、とても心に刺さった。
■”Fish Out of Water”のアイデアについて教えてください。あなたは実際に韓国に留学していた経験があるそうですが、主人公ミンジェのような友人の存在がいたのでしょうか。またそのことがこのストーリーの元になっているのでしょうか。
この映画の始まりは、2013年、僕が韓国のVisual Design at the University of Seoulに交換留学していた時に遡ります。韓国に滞在していた時、僕はPinoy Iskolars sa Korea, Inc. (PIKO)という、韓国にあるフィリピン人学生グループに参加していました。そこで彼らから、韓国とフィリピン人のハーフの子供達を紹介されたんです。それまで僕は、彼らの存在や彼らが抱えている苦闘(struggle)のことなんて聞いたことも考えたこともありませんでした。彼らに会って、僕が持っている技術、映画によって、彼らの声を掬ってあげることができるんじゃないかと思いました。それで生まれたのが、この映画だったんです。
■主人公のミンジェが、自分のアイデンティティと闘う姿がとても心に残りました。このキャラクターを描く際、最も気を使ったのはどんなところでしたでしょうか。
この映画を撮影している時、僕の精神状態はずっとピンとした真剣な緊張感に満ちていました。全てのことを逃さず、全てフレームの中におさめてやろうと考えていたんです。全てのディテイル(衣装やロケーション、セリフ、舞台装置etc…)それ自身が、キャラクターのストーリーを語るよう計算して制作しました。また僕が役者に対して行う演技指導と彼ら自身が考えて行うパフォーマンスは、映画の中で現実的なキャラクターを作る上で両方とも同じくらい重要なことです。僕は役者たちそれぞれに、体じゃなくて目で演技するようにお願いしました。目の演技というものが、僕らの魂の中へ風が通り抜けるようなものになると信じていたし、それによってエモーションを表現できると思ったからです。そして結果的にそれは、素晴らしいものを生み出してくれました。
■今後の予定について教えてください。
Cinemalayaの後、どうするかはまだ考えていません。国内外のもっといろんな場所や映画祭で、自分の作品を上映したいとは思っています。それといまはこの作品とは別に、ショートフィルムの準備をしているところで、長編デビュー作の用意もしようと思っています。
“An hapon Ni Nanding”
監督:Milo Tolentino
前作『Nono ~ 見つけた!僕のコトバ』(2012年SKIPシティ国際Dシネマ映画祭審査員特別賞受賞)で、発語障害のある息子とダンサーの母との愛と勇気をいきいきとコミカルに描いた、M.トレンティーノ監督の最新作。母親を亡くした少年と、ひょんなことから少年の面倒をみることになった中年男性との交流を、ユニークたっぷりに描いている。哀しい設定もどこかクスリと笑えるユーモアたっぷりに優しく描く、トレンティーノ節が健在の心温まる作品だ。
■”An hapon Ni Nanding”のアイデアは、どんなことから生まれたのでしょうか。
僕はいつも、たくさんの孤独な人たちがそこかしこに居ると感じています。彼らは、何か新しいことを人生に見出す希望や閃きを人生に求めることに諦めた人たちです。そして同時に、そんな人たちのための誰かが存在していると信じています。少なくとも、僕たちが心の奥で期待した時に、そんな誰かは現れてくれるものなんだと思います。
■あなたの作品に出てくる人物は、みんなハートウォーミングな存在として描かれています。まるで世界には、本当の意味で悪い人間はいないと思わせてくれかのようです。あなたが作品で人物を描くとき、一番大事にしていることとは何なのでしょうか。
僕は人間の”善”を信じています。僕自身が”ハートウォーミング”が好きだし、観てて心地よい気分にさせてくれる映画が好きなんです。僕は全ての人たちがより心地よい気分になるような、ポジティブな世界を観せたいと思っています。世界には、それこそが必要なものだと思っているから。だってこの世界には、ネガティブなものも同時に存在しているからね。
■今後の予定について教えてください。
ちょうど新しい短編の撮影が終わったところ!山奥でひっそりと暮らす老夫婦がお互いにずっと愛し合う、ラブストーリーです。
“Ang Maangas, Ang Marikit, at Ang Makata”
監督:Ibarra Guballa
受賞:NETPAC Award (Short Film) — Ang Maangas, Ang Marikit, at Ang Makata
ショート部門の中でも独特でセンスの良いユーモアで異彩を放っていたのは、若き映像作家Ibarra Guballaによるショート・コメディ。賞金首のアルフォンソ、彼を狙うキャプテン、アルフォンソに密かに惹かれるキャプテンの娘リウリウ、彼女に情熱的な求愛の詩を送り続けるデルフィン。自身も演者として演劇を学んでいたIbarraならではの舞台的なアプローチによる、個性的なキャラクターたちのワン・アクト・プレイ(一幕もの)で繰り広げられるテンポが大変小気味好い作品だ。タイトルの”Ang Maangas, Ang Marikit, at Ang Makata”は直訳すると”The Cool, the Fool, and the Lovely”となり、Ibarraの一番好きな西部劇『続・夕陽のガンマン』(原題:The Good, The Bad, and The Ugly)へのオマージュとして捧げられているという。2014年度Ciemalayaのショート部門で最優秀賞を受賞した”Asan si Lolo Mê?”の監督Sari Estradaをエディターに迎えている。フィリピンのインディーズ・ムービー界ではこのような縦と横の繋がりが広く、クレジットを注意深く眺めるのも映画祭の楽しみの一つだ。
■”Ang Maangas, Ang Marikit, at Ang Makata”のアイデアは、どんなことから生まれたのでしょうか。
この映画のアイデアは、パラボック・ウェスタン(※)から始まっています。僕は映画について学び始めてから、ある一つのことに気が付きました。それは、実に多くのイタリア系アメリカ人の監督が西部劇のジャンルで映画を撮っているってこと。いわゆる「マカロニ・ウエスタン」だね。それがきっかけで、フィリピンを舞台にした西部劇のセットで、アントン・チェーホフの「熊」みたいにワン・アクト・プレイで演じさせたらどうなるだろう?と思うようになったんです。
※パラボック・ウェスタン:パラボックとは、フィリピンで一般的に食されるビーフン料理。1960年代から1970年代に作られたイタリア西部劇を揶揄する「マカロニ・ウェスタン」や「スパゲッティ・ウェスタン」に対し、ここではフィリピンで作られた西部劇の呼称として「パラボック・ウェスタン」という言葉が使われている。
■この作品はグランドホテル方式のような、コミカルな会話劇やテンポの良さがとても小気味良く感じられます。キャラクターの描写はどのように作り上げていったのでしょうか。
映画を撮影している間、僕は役者たちに対してわかりやすいコメディタッチの演技指導はしませんでした。彼らはもしかしたら、自分たちがコメディの演技をしているということすら知らなかったのかもしれません。彼らが真面目な演技しようとすればするほど、滑稽なシーンが出来上がっていきました(笑)。僕が一番気に入ってるシーンは、ヒロインのリウリウがダンスを踊ろうとしているシーンです。
■今後の予定について教えてください。
具体的な予定はまだありませんが、演技と脚本のデヴェロップをしたいと思っているところです。
Cinemalaya Philippine Independent Film Festival 2016について
日時:2016/8/5-14
会場:CCP(マニラ市)ほか・セブ市にて開催
http://www.cinemalaya.org
November 28,2016

“Fish Out of Water” by Mon Garilao / poster

"An hapon Ni Nanding” by Milo Tolentino

"An hapon Ni Nanding” by Milo Tolentino / poster

“Ang Maangas, Ang Marikit, at Ang Makata” by Ibarra Guballa

会場風景:Cultural Center of the Philippines