QUOTATION

ジャン=リュック・ゴダール監督 『さらば、愛の言葉よ』 レビュー

text : UMMMI.

 

 

これは、ひねくれもの(だと世の中では認識されている)ゴダールなりの、ひねくれた愛の賛美歌だ。いつだって新しい手法を試みてきたゴダールの、驚くべき3Dによって成し遂げられた衝撃として。

 

前長編作にあたる2009年『ゴダール・ソシアリスム』撮影後にゴダールは、僕の仕事はすべて終わった、そしてアンヌ=マリー・ミエヴィルと犬とで余生を過ごしたい。と、撮影監督のファブリス・アラーニョに言ったそうだ。しかしやはりゴダールは我々の期待を裏切らず、映画を撮らずにはいられない。この『さらば、愛の言葉よ』からは『ゴダール・ソシアリスム』撮影後に言及された、アンヌ=マリー・ミエヴィルと愛犬ロクシーに向けられたかのような、紆余曲折を経て改めて発見された愛についての再考といった映画に思えてきて仕方がない。

 

「大切なのは、過去の感情や思考ではなく、静かなねばり強さである」と劇中で語らせるゴダールは、まるでこの言葉を40年以上ともに寄り添ってきたミエヴィルに向けているようでもある。アンナ・カリーナとの結婚と離婚、アンヌ・ヴィアゼムスキーとの結婚と離婚。カリーナやヴィアゼムスキーといった前妻をゴダール映画のミューズとして何度も映画の中で描いてきたゴダール映画による女たちを背負いながらともに過ごすというのは一体どんな気持ちなのだろう。今度はミューズとして映画の中で観客の目に触れることのない状態で、共同脚本という”精神的な”ミューズとして、ゴダールを支えることの力強さよ。おそらく、そこには計り知れない否定と肯定の連続だったのではないだろうか。カメラの前で佇むのではなく、カメラの裏側でゴダールを聡明に支えることが出来る能力が、どんなに美しく特別なことなのだろうか。

 

1973年の年末、ゴダールがアンナ・カリーナとともに設立した映画製作会社であるアヌーシュカ・フィルムを、ソニマージュに改称した際のインタビューでゴダールはこう宣言した。「私がこれから目指している『真の政治映画』とは『私についての映画、つまり、私の妻と娘にありのままの私を見せることができるような映画』である。」この発言は、まさしくアンヌ=マリー・ミエヴィルから授かったと言える極めてフェミニズム的なキーワード、子供、女性、家族といったものを孕んでいるように思える。

 

そして今回の『さらば、愛の言葉よ』では、顕著に「子供」というキーワードが連呼される。劇中で、子供をつくろうと言う男。そして女は応える。いいえ、まだよ。犬ならいいわ。しばらくして再度、子供がほしいという男。そして女はまた応えるのだ。自信がないわ、でも犬なら。そうした対話が繰り広げられるなかで、ゴダールが散歩中に撮ったという愛犬のロクシーが画面中を歩き回る。ロクシーは二人の人物の間に絆をもたらしたとゴダールは本作に関するインタビューの中で語ったことが思い出される、それはまるでアンヌ=マリー・ミエヴィルとの間の愛おしい子供であるかのように。

 

劇中で、ゴダールはリルケの名前を出している。「世界を見るためには、動物の目を通して見るしかないとリルケは言った。」全面に押し出される子供というキーワードと、犬。これは今回引用されているリルケ『ドゥイノの悲歌』の全体にまるで倣っているかのようだ。「愛しあうわたしたちがたがいのうちに愛したのは、ただ一つのもの、やがて生まれ出ずべきただ一つの存在ではなくて、沸騰かえる無数のものであったのだ。それはたったひとりの子供ではなく、崩れ落ちた山岳のようにわれらの内部の底にひそむ父たちなのだ、過去の母たちの河床の跡なのだ。」夥しい量の引用を、アンヌ=マリー・ミエヴィルとゴダールが共同で行ったと言われるが、『ドゥイノの悲歌』を引用したのは、やはり子供という存在していた、かもしれない存在に思いを馳せているからなのだろうか。相手から愛を返されようとして愛するのではない、ただおのれ自身の絶対的な愛を実現する。これは愛においての人間の実存の貫徹であるから、愛はこの上なくさびしいものである、だからこそがんばって耐えぬかなければならないと力説するリルケ的思想がこの映画上にはびこっているようだ。

 

「大切なのは、過去の感情や思考ではなく、静かなねばり強さである」全てはこの言葉に集約されていると言っても過言ではないのかもしれない。自分の愛する人に、死ぬほど愛した人が過去にいようと、永遠的に関係性を続け、その関係性が進むなかで関係性がゆるやかに変化していくなかで、静かに、時には声を荒げながらもそれを続けている人が勝ちなのよと『さらば、愛の言葉よ』はそっと思わせてくれる。恋人たちは、或いは夫婦たちは、自分たちのことを考えさらに相手に伝えるため言葉にすることで、そして長い年月のなかで疲れ果てているのかもしれない。でもいつだって辞めてしまうのは簡単だから、辞めてしまったら、そのゆるやかに見守ってきた全ての関係がいったん破壊されてしまうから、だからそんな馬鹿みたいな決断は辞めて、疲れきったまま有り難く愛を享受してゆけばいいのかもしれない『さらば、愛の言葉よ』は、きっと愛にとっての究極的な果てを描いた映画なのだ。

 

 

 

さらば、愛の言葉よ
全国公開中
監督・編集・脚本:ジャン=リュック・ゴダール
撮影:ファブリス・アラーニョ 『ゴダール・ソシアリスム』(2010)
出演:エロイーズ・ゴデ、カメル・アブデリ、リシャール・シュヴァリエ、ゾエ・ブリュノー、ジェシカ・エリクソン、クリスチャン・グレゴーリ、withロクシー・ミエヴィル(アンヌ=マリー&ゴダールの愛犬)
2014年/フランス映画/フランス語他/69分/原題:Adieu au Langage 3D/英題:Goodbye to Language 3D
© 2014 Alain Sarde – Wild Bunch
配給:コムストック・グループ / 配給協力:クロックワークス

 

 

 

 

March 28,2015