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アレハンドロ・ホドロフスキー監督『リアリティのダンス』レビュー

text : Asako Tsurusaki

「リアリティのダンス」(C) photos Pascale Montandon-Jodorowsky (C) “LE SOLEIL FILMS” CHILE・“CAMERA ONE” FRANCE 2013

 

『ホーリー・マウンテン』や『エル・トポ』を含む数々の作品でアンディ・ウォーホールをはじめとする数々のアーティストを虜にした映像の魔術師、アレハンドロ・ホドロフスキー23年の封印を破り、再びスクリーンに蘇った。『リアリティのダンス』と題されたその作品は、監督自身が経験した愛と苦悩に満ちた幼少期を描いた自伝的映画。もし『エル・トポ』の配給権を45万ドルで買い、『ホーリー・マウンテン』にも出資したジョン・レノンが生きていたら、このニュースに対してどんなコメントを残しただろうか。

 

舞台はチリ太平洋沿いの荒れた山岳地帯にある炭坑の街、トコピージャ。空から降ってくる魚の群れや奇妙なピエロ達がじゃれてくるサーカスのテント、炭坑の爆発で不具者となって男たちがたむろする街角など、悪夢と幻想が混沌とした風景を舞台にストーリーは進んでゆく。主人公のアレハンドロ少年はロシア系ユダヤ人がゆえの外見的特徴で周囲からは浮いた存在として描かれ、息子を自分の父親の生まれ変わりと信じて崇めるオペラ口調の母親や、異常なまでの厳しさで接する共産党員の父親、アレハンドロに瞑想を教える行者等個性的な人間達に取り囲まれながら育って来た。

 

この非日常的なまでにデフォルメされた演劇的な登場人物達や風景を描くという行為は、ホドロフスキー監督にとって審美的というよりはどちらかというと臨床的な映像を目指したことに由来しているのではないか。

 

「私は過去は変えられると思っています。過去というのは主観的な見方だからです。この映画では主観的過去がどういうものか掘り出して、それを変えようと思ったのです。
(中略)少年時代、私はとても苦しみました。でもそれは主観であって事実ではなかったのです。本当に起こったことではなく、子供から見た主観の解釈なのです。」

 

実際彼の母親はオペラ歌手になるのを両親の反対によって抑圧された存在であり、抑圧的な父親がいたことも実話である。彼らを映画内でオペラを歌いまた人間的な人格へと変わってゆくさまを描写することによって、子供の頃に欲しかったものをスクリーンの中に実現させた。また汚染した海で死んだ魚が浜に打ち上げられそれを鳥と取り合う貧しい人々や、娼婦でもっていた街という面を表現した売春婦がいるパーティなど、監督自身の記憶を当時の主観で表した風景で我々の前に見せてくれたのだ。。

 

子供は誰しも幼少時代、ユークリッド空間ではなくトポロジー空間に生きており、ユークリッドの空間に生きている私達から見ると、内側と外側が非常に大まかで曖昧な世界に生きていると言われている。よって現実と空想の境界線が曖昧な幼少時代の記憶は、後に子供の時にしか見えない不思議な世界を生み出すことが出来る。ホドロフスキー少年の生きた奇妙な世界も、こういった曖昧なところから来ているのであろう。

 

例えば『のんのんばあとオレ』に代表される、水木しげる氏によって描かれた非日常的な存在の妖怪達が現れる幼少期の日常生活や、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン氏の作品で度々現れる、超自然的な暗闇の世界と共存する未来への予感を秘めた作品達を見てみるとそのことがよくわかる。彼らに共通しているのは、幼少期に経験した”暗闇の世界”の記憶だ。アピチャッポン氏はメコン川にいる光をまとった妖怪“Power Boy”をイメージ自身の作品《Power Boy(Mekong)》で、氏自身が幼少期に感じていた暗闇の世界の記憶を次の様に語ってしている。

 

「(略)自分が育った暗闇の世界と科学の世界には何か共通するものがあるようにも思う。超自然的な現象、幽霊とかそういったもの。もちろんぜんぜん違うと思う人もいるだろうけれど、私にとって両者は共存しているように感じられる。つまり、目には見えないエネルギーというものへの好奇心、世界はどうやって動いているのかといったことは科学の問題だけど、幽霊のような目に見えないものへの好奇心というものも、別段違うものだとは私は思わないんだ。大人になって映画を撮るようになってからも、こういった関心を失うことはなかった。幼少期の暗い町の記憶と明るい科学の予感とが入り交じったものが、自分自身の記憶となっていた。」(「WORK IN MEMORY」P.143より転載)

 

両者の表現する”あの世とこの世が混在する”暗闇の世界の記憶と比べると、ホドロフスキ一家の事情、または海と山々によって外界から断絶された地理的条件によるものかもしれない。この舞台で、抑圧的であった父は試練と挫折の旅を経て人間らしさを取り戻す修行僧の様な役を演じ、母は救いの存在として父子を癒すマリアを演じ、やがて三人は海を渡りこの舞台を去ってゆく。ここでホドロフスキー少年は幼少期という舞台との訣別を迎え、サンティアゴ、パリ、メキシコを巡るホドロフスキー青年の長い旅路が始まる。

 

アレハンドロ・ホドロフスキー作品に度々登場する幻想と混沌に満ちた世界は、この舞台を素地にして生まれた。彼が後に経験することになる映画製作における挫折や苦悩、そしてその後に生まれる新しい世界を経験する姿は、彼の父親がなぞった試練の旅とシンクロして見えなくもない。特にホドロフスキーが後にオスカル・イチャソと出会いアリカ・トレーニングとLSDによって自我を解放させていく過程は、まさに父親ハメイが一度自らを失って帰路に着く道程ととても似ている。

 

今回、『リアリティのダンス』と同時に、幻となった作品『DUNE』を巡ったドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』が同時公開されている。ミック・ジャガーやサルバドール・ダリ、H・R・ギーガーやメビウスと共に永遠の迷宮作となるはずであったこの作品がお蔵入りになって行く過程を、当時のインタビューや現在のホドロフスキーの言葉によって生々しく描かれていく。『DUNE』が中止になった背景として、ホドロフスキーの理想主義にリアリティが追いつかなかったということがある。しかしホドロフスキーはその現実に対して、「失敗してもかまわない、それも一つの選択なのだ」と語ってみせる。ここでも描かれる苦悩の旅路を、同時に味わってみると、ホドロフスキーの内側に秘められた記憶が少しは理解出来るかもしれない。

 

[公開情報]
『リアリティのダンス』
http://www.uplink.co.jp/dance

『ホドロフスキーのDUNE』
http://www.uplink.co.jp/dune

 

 

 

July 28,2014

「リアリティのダンス」(C) photos Pascale Montandon-Jodorowsky (C) “LE SOLEIL FILMS” CHILE・“CAMERA ONE” FRANCE 2013

「リアリティのダンス」(C) photos Pascale Montandon-Jodorowsky (C) “LE SOLEIL FILMS” CHILE・“CAMERA ONE” FRANCE 2013

「ホドロフスキーのDUNE」(C) 2013 CITY FILM LLC, ALL RIGHTS RESERVED

「ホドロフスキーのDUNE」(C) 2013 CITY FILM LLC, ALL RIGHTS RESERVED