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アブデラティフ・ケシシュ監督『アデル、ブルーは熱い色』レビュー

text : UMMMI.

 

 

どう考えても人を愛することがこの世でなによりも美しく奇跡的で、そして苦悩に満ちたものだということを胸を痛めながら思い出す。街ですれ違った青い髪の毛の女にひとめぼれをするアデルの、これから何かが起こりそうな予兆を感じる瑞々しい表情にハッとさせられる。初恋と成長における一切を省かず丁寧に描かれたこの映画では、クローズアップが多用された手持ちカメラによって一緒になり呼吸をしていく一体感を感じることができる映画だ。

 

聡明でインテリな女性と、粗野だが真っ直ぐで輝いている女性。時折アデルとエマが、おそらく世界で一番有名なレズビアンカップル‐まるでアニー・リーヴォヴィッツとスーザン・ソンタグのように見える気がした。哲学者サルトルとレゲエ歌手のボブ・マーリーを同列に並べて語るアデルのその自由な発想はどこかリーヴォヴィッツを喚起させ、「実存は本質に先立つ」とサルトルの実存主義をハキハキと語って聞かせるエマはどこかソンタグを喚起させないでもない。しかしハイペースで撮影を手がけているアニー・リーヴォヴィッツや、亡くなる直前までラディカルに執筆をしていたスーザン・ソンタグのカップルと何よりも異なる点は、この映画ではアデルとエマをより生々しく、そしてより痛々しい成長に伴う現実と挫折を克明に見せつけているところだと言えるだろう。

 

高校時代には目を輝かせながら文学の話をしていたアデルはつまらなさそうに、そして時には投げやりなように教師という職を全うする。そして青髪で自信に溢れていたエマは、髪の毛を金髪にして自身の絵画作品を世の中の風潮に合わせて展覧会をする。これは誰もが歩むかもしれない普遍的な人生の物語であり、しかしその中でよりいっそうふたりの燃えるような、恋愛という人生で最も重要で美しい物語が突出して輝いてくる。

 

彼女たちの7分間にも渡る壮大なベッドシーンは、当然ながら物議を醸すものとなった。コミック原作者のジュリー・マロは劇中のセックスシーンにおいて、撮影現場にレズビアンはいなかったのかと言い、アブデラティフ・ケシシュ監督のセックスシーンの描きかたがヘテロセクシャルの男性的妄想だと反論した。こういったあらゆる境界をゆく芸術において、当事者しかその問題を扱ったことを描くことが許されないのか、ということは大きな問いだと思う。

 

レズビアンからしてみれば確かにあのセックスの描き方は従来とは違うものに見えるだろう。そしてなぜヘテロセクシャルの人が同性愛についての問題を取り上げるのか、それはヘテロセクシャルの単なる妄想ではないのか、といった反応もよく見られないでもない。しかし逆に言ってしまえば、同性愛者の映画監督が異性愛者の映画を撮っている点にたいして言及されることはほとんどないということも事実だ。それは例えばペドロ・アルモドバル監督の描く男女関係のことであり、それは例えばガス・ヴァン・サント監督の描く男女関係のことだとも言えるだろう。当事者である人たちはヘテロセクシャルの人が同性愛を描くことを反論するべきことなのか(おそらく同性との恋愛を経験したことのない監督からすれば、妄想や理想が入り込んでしまうことは仕方ないことだとも言える) それとも同性愛がよりオープンなものとして、例えばウガンダなどにおける同性愛の政治的問題を少しでも緩和できるようにという希望、あるいは使命感も含めて積極的に異性愛者が同性愛を描くことを肯定していくべきなのか、ということもこういったテーマの映画が作られたときに同時に考えさせられることになるだろう。

 

それはなぜならば同性愛という物事が、ナイーブなものとして扱われなければいけないなりの歴史を背負ってきたからだと言えるのかもしれない。あらゆる物事にたいして政治的であることは文化的であるということを信じてゆきたいし、もっと言ってしまえばあらゆる物事におけるマイノリティを肯定していくということも、ある部分における文化を担う人にとって重要な問題であるとも思う。そしていつだって文化は、なるべくなら常に弱者の立場に寄り添ってほしいという希望も持ってしまうことも、あらゆる芸術をひたすら愛して生きてきた青春を送ったひとには理解してもらえるところだと思う。

 

この「アデル、ブルーは熱い色」は、食べる、眠る、セックスする、が同じ割合で描かれており、それに加えて大きな割合としてダンスする、という行為が含まれている。アデルがエマと出会うナイトクラブでのダンス、中庭で食事後にまったりと踊るダンス、ゲイパレードでデモ行進をしながらのダンス、幼稚園の先生となったエマが園児とおゆうぎをするダンス。三大欲求に加えて踊るという人類の根源的よろこびが加えられたこの人生の映画において、監督はセクシャリティという点よりも、ほとんどの人が経験する人を愛するということ、そして人生を全うして生きてゆくことという点に重きを置いて撮ったのかもしれない。その結果として、悩み、成長して、思いきり愛して、しっかりと丁寧に生きるということ、そしてどんな職業についていようがあらゆる個人に壮大な物語があるということを力強く伝えてくれる、熱く燃えるような生が溢れ出す映画となっている。

 

 

 

『アデル、ブルーは熱い色』
2013年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞・国際批評家連盟賞受賞
監督・脚本: アブデラティフ・ケシシュ
原作: ジュリー・マロ「ブルーは熱い色」
(DU BOOKS発行)
出演: レア・セドゥ、アデル・エグザルコプロス、サリム・ケシゥシュ、モナ・ヴァルラヴェン、ジェレミー・ラユルトほか
原題: LA VIE D’ ADELE CHAPITRES 1 ET 2/2013/フランス/フランス語/179分/
日本語字幕:松岡葉子
配給:コムストック・グループ
配給協力:キノフィルムズ
宣伝:セテラ・インターナショナル
宣伝協力:テレザ+プリマ・ステラ
URL: http://adele-blue.com
© 2013- WILD BUNCH – QUAT’S SOUS FILMS – FRANCE 2 CINEMA – SCOPE PICTURES – RTBF (Télévision belge) – VERTIGO FILMS

4/5(土)より新宿バルト9、Bunkamura ル・シネマ、 ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

 

 

 

 

 

April 14,2014