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映画「パリ、ただよう花」 レビュー

text : UMMMI.

 

 

 

私はもっと馬鹿になるべきかもしれない!なにを恐がっていたのだろう。人生で本当に興味深く大切なものは愛それのみなのに。と、この『パリ、ただよう花』によってまんまと扇情的な気持ちにされてしまう。ロウ・イエ監督によって描かれる本気の情事と圧倒的な空虚感を前にして、鑑賞者はただ首をもたげるしかない。或いはかつて自身が経験した、あまりにも馬鹿げた、そして情熱的な失敗を思い出して胸を痛めるのだろうか。ただひたすら丁寧に毎日を生きているだけなのに、なぜ死ぬほど寂しいと思う夜があるのだろう。

 

生きるということは自分だけのバックグラウンドやアイデンティティを持つということであり、もちろんそれは人それぞれであるがゆえに惹かれあい、引き裂かれ合う。『パリ、ただよう花』は鑑賞者にべったりとまとわりつき、虜にさせたかと思うと駆け足で去ってしまうような映画である。

 

この映画の中では「あばずれ」という単語が何度も登場する。普段あまり使うことのないこの単語は、おどろおどろしい呪いの呪文のように耳に響く。それはまるで簡単に始まり、病気かと思うほど激しく展開して、大きすぎる傷を残すための呪文のように。

 

北京からパリにやってきた教師のホアは、パリで出会った人と体を重ねていく。異なる人種や文化、さまざまな人間関係のなかで、傷つけられ、傷つけてゆく。もう君との恋は終わったんだ、と言うかつての恋人に向かって、最後に私を抱いて!と叫ぶホア。そしてその日のうちに出会った新しい男と関係を持つ。手持ちカメラによるぶれた粗いドキュメンタリータッチの映像は、主人公ホアのうつろなまでの揺れる感覚を身体化しているようでもある。「おれの可愛いあばずれ。きみはおれのものだよ」と男に言われるホアの、身体でしか愛を感じることのできない空虚さ、様々な人をただよい流れてゆくさまは、到底こちらには想像のつかない領域ですらある。
しかし同時に、ああ自分もホアのようになれたらどんなに楽なのだろう、と思わせられないわけでもない。この人はもしかして自分のことを愛してくれる最初で最後の人かもしれない、そのかもしれない見えない希望を信じて簡単に身を委ねることができるのならば。一度でもそう思ったときには既に、好きという感覚について考える必要はもはやないのだとこの映画はささやく。それは身体をはって馬鹿げた愛の痛みに向かっていくことのできない臆病な自分に熱い息を吹きかけてくるようでもある。愛と虚無感のはざまにいるホアを観ていると、あまりの直情さに息苦しくならずにはいられない。

 

「愛情はまず身体が感じるもので、それは思想や道徳などに先んじて存在する感覚だ。だから愛情は人自体に最も近いものでもあり、人間的で美しく、また危険でもある」ロウ・イエ監督はこう語る。彼ほど愛を真剣に捉え、あらゆる愛を普遍的な次元へ持ってきてくれる監督は珍しいだろう。この映画の中ではある種、無趣味という共通言語が全体を覆っているようでもある。というのは、登場人物たちの職業は描かれているものの、日常生活に始まるあらゆる行動の選択が曖昧になっているのだ。パリから北京に戻ったホアは、かつての男のもとへ戻る。そして男は言う。僕は趣味がないつまらない男なんだ、働いて帰ってきて、君のためにご飯を作る。それが僕にとっての一番の幸せなんだ…とむせび泣きながら。
あらゆるシーンにおいて、どんな本を読むのか、どんな音楽を聴くのか、どんな食べ物を好むのかといった一切が詳しくは描かれていない。中国的なるもの、パリ的なるもの、インテリ的なるもの、労働者的なるもの、などがぼんやりと描かれているだけだ。これは、あまりに空虚感のただようホアの行動やそれを取り巻く周りの環境を普遍的なものにさせるため、そして愛を目の前にしてしまえば趣味や思考、生まれ育ちなどは一切関係ないとでも言うことを表しているのだろうか。全体を覆う不在感、そして無趣味という共通言語によりいっそう愛の問題が深く露出されているようでもある。それは特別よりも普通を描きたかったと語る、ロウ監督の思いが熱く響いているからかもしれない。

 

しかし、とにかくこの映画に出てくる女も男もみんな最低だ。最低な人間としか情熱的な愛は成立しないのかと思ってしまうほどだ。しかしあまりにも病的に本気の情事なため、あらゆる行為に理由はいらないのかもしれないという想いが同時に込み上げてきそうにもなってしまう。この「パリ、ただよう花」は、自分は最低の人間だ、お前も最低の人間だ、それを受け入れることにしよう、そしてその話をしようといった姿勢で危うく成立している稀有な映画と言えるかもしれない。そして生きている上でもしいつか、情熱的な失敗のような、行くあてもなくただよってしまうような、最低と言われてしまうことをするときには、それだけの覚悟と痛みと集中力と、そして無条件の見えない愛を信じることが重要だと示唆しているようでもある。

 

 

 

 

 

『パリ、ただよう花』
監督、脚本:ロウ・イエ
脚本:リウ・ジエ
撮影:ユー・リクウァイ
出演:コリーヌ・ヤン、タハール・ラヒム
配給・宣伝:アップリンク(仏・中国/2010年/105分)

2013年12月21日(土)より、渋谷アップリンク、新宿K’sシネマほか全国順次公開

 

 

 

 

 

 

 

December 3,2013