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グザヴィエ・ドラン監督映画 『わたしはロランス』レビュー

text : UMMMI

 

人生の最も重要な部分を凝縮して一生を描いているかのような壮大な物語、この映画に見られる美しい色彩は自分の今まで見ていた世界が狂っていたのではないかと思わされてしまう。若干24歳のグザヴィエ・ドラン監督の長編映画『わたしはロランス』は、鑑賞者が心を大きく揺さぶられずにはいられない衝撃作である。

 

聡明で美しい恋人同士の生活がアップチューンな音楽に合わせてテンポよく描き出される。夜遊びに繰り出してネオンの下でキスをする、音楽を爆音で流しながら車の洗車をする。「楽しみを半減させることリスト」というルールに基づいて展開される二人の会話は、それぞれが個性的でお互いの愛が特別なことを物語っているかのようである。しかしロランスは、恋人のフレッドに「これまでの自分は偽りだった。女になりたい」とふとしたきっかけで打ち明ける。そしてその衝撃的な告白からこの物語はさらに加速度を増していく。

 

監督、脚本、編集、役者、時には衣装やアートディレクションなども行うグザヴィエ・ドラン監督は今までに制作した三作品全てがカンヌ映画祭に出品されている。この『わたしはロランス』では恋人役のスザンヌ・クレマンが2012年カンヌ国際映画祭ある視点部門で最優秀女優賞を受賞した。突如として出現したかのように思われる非凡な若手映画監督を見ていると、まるでスーパースターの出現を目撃したかのような気持ちにもなってしまう。しかし彼の映画はそういったオプションですらもはや関係のないような、圧倒的な魅力を放っている。ゲイだとカミングアウトしている監督自身にとって遠い問題とは言えないであろうトランスセクシャルというジェンダー要素を組み込みつつ、社会との齟齬を時に優しく、そして時に痛々しく、90年代モントリオールを舞台に描かれている。

 

カミングアウトすることで拡張していくジェンダー問題で覆われているこの映画であるが、しかしひとつだけはっきりと言えることは『わたしはロランス』という映画は正真正銘の、たったひとつだけの恋愛映画であるということだ。ロランスとフレッドのやり取りをとっても要素としてトランスセクシャルが介入しているだけで、人類における愛の困難さ、そして愛によって得ることの出来る奇跡のような感動は、決して変わることがないという事実を瑞々しく伝えてくれている。しかしそれと同時に「すべての境界を越えたんだ!」と叫ぶ女装したロランスを目にする私たちも、本当は自分と近い場所の様々なところにあらゆる境界線があることを気付かされるように思う。たまたまセクシャリティーという長らくタブー視されてきた問題が社会の表舞台に出づらかったというだけで、私たちの周りにも社会に埋没した境界は往々にして存在する。ただこの映画の希有な点として様々なセクシャリティーが少しずつながら徐々に受け入れられてきた現代で、一般化された恋愛映画としてこの映画を鑑賞することはとても意義のあることに思われるのだ。なぜならこの映画での痛みと優しさは、マイノリティーと言われるセクシャリティーを持つ人に向けてでもあり、そして同時にそうではない人に向けても受け入れやすく、ジェンダーの境界という認識を左右する、大きく開かれた映画となっているからである。

 

今まで制作した映画は自伝的かという質問にたいして、グザヴィエ・ドラン監督はこう答えている。「監督っていうのは、自分のことを忘れられたくなくて、自分個人の記憶を、集団の記憶に売り渡す。そのために実人生を投げ売ってもね。」つまり芸術に殺されるというのは、良い意味でも悪い意味でも自分を投げうることなのではないかと、ドラン監督の言葉を聞いて改めて考えさせられる。時間をかけてひとつの物を作り上げていく過程において、個人的なものを多く扱えば扱うほど、芸術に身を殺されずには成立し得ないのではないだろうか。そして物が完成した時点で失うものや得たものを両手に抱えきれず、ある種の芸術というものに殺されてしまったとしても、作者の人生、そして鑑賞者の人生もそのまま続いていくのである。そうやって死ぬまで執拗に続いていく人生の中において、一生忘れることのできない重要な記憶に寄り添うように関連してゆっくりと浸蝕してくるような映画や、自分の人生観や常識を力技で変えてくる映画がこの世にはごく稀に存在する。そしてこの『わたしはロランス』は、前述したどちらも、そしてそれのみならず観た人にさらに新しい感情を巻き起こし行動させずにはいられない、重要な一本である。

 

『わたしはロランス』は6月21日から6月24日に開催されるフランス映画祭で上映される。この作品以外にも、フランソワ・オゾン監督の新作や同じく若手映画監督であるギヨーム・ブラック監督のデビュー作なども上映される盛りだくさんなラインナップとなっている。

 

 

 

■フランス映画祭 2013
期間:2013年6月21日(金)〜6月24日(月)
※全4日間
会場:有楽町朝日ホール(メイン会場・有楽町マリオン11F)
TOHOシネマズ 日劇(レイトショー会場・有楽町マリオン9F)
※会場は全て有楽町マリオン内(東京都千代田区有楽町2-5-1)
主催:ユニフランス・フィルムズ
共催:朝日新聞社
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC/パリ市/アンスティチュ・フランセ日本/在日フランス大使館
協賛:LVT 他
特別協力:TOHOシネマズ/パレスホテル東京/ANA
Supporting Radio:J-WAVE 81.3FM
協力:三菱地所/ルミネ有楽町店/阪急メンズ東京
宣伝:プレイタイム

http://unifrance.jp/festival/2013/

 

 

■わたしはロランス(Laurence Anyways)
受賞歴
2012年 カンヌ国際映画祭 ある視点部門正式出品作品 最優秀女優賞 受賞
2012年 トロント国際映画祭 最優秀カナダ映画賞 受賞

監督:グザヴィエ・ドラン
出演:メルヴィル・プポー、スザンヌ・クレマン、ナタリー・バイ
2012年/カナダ=フランス/168分/スタンダード/5.1ch
配給:アップリンク
*2013年秋、新宿シネマカリテ他 全国順次公開

 

 

監督
グザヴィエ・ドラン  Xavier DOLAN
1989年、カナダ生まれ。
6才で子役としてデビュー。2008年に処女作『マイ・マザー/青春の傷口』を制作。カンヌ映画祭監督週間部門出品、セザール賞外国映画部門ノミネートなど、高く評価を得た。その後、監督、脚本のみならず、プロデューサー、出演、編集、その他、衣装と美術の監修も務めた第二作『空想の恋』(09)はカンヌ映画祭「ある視点」部門に出品され、“非常にエキサイティングな新世代の一人”と紹介された。本作『わたしはロランス』では、再びカンヌの「ある視点」部門で上映され、その気鋭ぶりが話題を集めている。

出演者
メルヴィル・プポー  Malvil POUPAUD
1972年、フランス・パリ生まれ。
母親がキャスティング・ディレクターだったことから、子役としてラウル・ルイス監督作品に度々出演。その後学業に専念するが15歳の時ジャック・ドワイヨン監督作『15歳の少女』にて再デビュー。セザール賞の有望若手男優賞にノミネートされる。以後、主な出演作に『愛人(ラマン)』(92)、『おせっかいな天使』(93)、『いちばん美しい年齢』(94)、『エリザ』(95)、『夏物語』(96)、『ぼくを葬る』(05)、『ブロークン・イングリッシュ』(07)などがある

スザンヌ・クレマン  Suzanne CLÉMENT
1969年、カナダ生まれ。
主な出演作に、TVシリーズ「Watatatow」、「Sous le signe du lion」、「Jean Duceppe」、「Cover Girl」、 「Les hauts et les bas de Sophie Paquin」、「Unité 9」、 映画作品に「The Confessional」(94)、「L’Audition」(05)、「C’est pas moi, je le jure!」(08)、「Tromper le silence」(10) などがある。グザヴィエ・ドラン監督作品への出演は『マイ・マザー/青春の傷口』(94)に続き二回目。本作ではカンヌ映画祭ある視点部門主演女優賞を受賞した。

ナタリー・バイ  Nathalie BAYE
1948年、フランス・ノルマンディー地方生まれ。
代表作に、フランソワ・トリュフォー監督『映画に愛をこめて アメリカの夜』(73)、『緑色の部屋』(78)、ジャン=リュック・ゴダール監督『勝手に逃げろ/人生』(79)、『ゴダールの探偵』(85)など。近年の出演作に、クロード・シャブロル監督『悪の華』(03)、ギョーム・カネ監督『唇を閉ざせ』(06)などがある。受賞歴は 1980 年『勝手に逃げろ/人生』でセザール賞助演女優賞、1982 年『愛しきは、女/ラ・バランス』ではセザール賞主演女優賞、1999 年『ポルノグラフィックな関係』でヴェネチア国際映画祭女優賞を獲得。

 

 

予告編
フランス語版
https://www.youtube.com/watch?v=suknOwYLESM

日本語版
http://www.youtube.com/watch?v=AgvNdOVJAG0&feature=player_embedded

 

 

June 24,2013

監督:グザヴィエ・ドラン