QUOTATION

『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』ジャック・ドワイヨン監督ロングインタビュー

interview & text by Asako Tsurusaki

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

 

 

19世紀を代表する彫刻家として多くの有名人に愛されたひとりの芸術家、オーギュスト・ロダン。ロダン没後100年を記念してロダン美術館の全面的な協力を受け映画化された本作『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』は、ロダンが彫刻家としての名声を得た40代以降を主軸に、彼と彼の愛弟子であり愛人の彫刻家カミーユ・クローデルとの甘くも激しい蜜月の時を描いている。

かつてイサドラ・ダンカンがロダンの創作風景を見て「彼の手の下で、大理石が解けた鉛のように流れているようだった」と述べているように、ロダンはその手から艶かしい肉体の動きを生み出し人々を魅了してきた。そしてその魅力を自負し、自然を生み出す神々や神殿を生み出す神聖な職人と同じく、美や女性に対して傲慢で自信に溢れた雄々しいロダン像として、ここでは描かれている。

今回そんなロダンを語るのは、フランスの巨匠ジャック・ドワイヨン監督。『ポネット』や『ラブバトル』など、人の”孤独”を描くドワイヨン監督が描くこのストーリーからは、主に彼を取り巻く女性たちの”孤独”を通した人間としてのロダンの姿を見せてくれる。今回作品の公開に合わせて来日を果たしてくれた監督より、彼の目を通したロダンという男について、教えてもらった。

 

 

労働者と芸術家について

 

「Quotation Magazine」ではいろんなアーティストのお話を伺っているマガジンです。本日はよろしくお願いします。

私は映画作家に過ぎず、芸術家ではありませんので、当てはまらないと思いますが(笑)。自分のことを芸術家とは考えられないです。ロダンのようなアーティストになりたかったですが、映画作家に過ぎません。例えば、バカバカしい歌を歌って、3ヶ月くらいその歌がヒットした歌手がいるとします。するとその歌手がインタビューを受けて、自分のことをアーティストであるかのように喋っている。バカバカしいと思いますね。インタビューとなると、みんなアーティストになるんですね。ですからあまり好きな言葉ではないです(笑)。

 

映画の中でも、内縁の妻ローズとの会話でロダンも自分のことを「字が読める労働者」と言っていましたね。

あれは実際にロダンが言った言葉なんです。ロダンはあのシーンで自分のことを「芸術家」ではなく「労働者」と言ってまいしたが、もうひとつ、自分が「壁塗りの漆喰職人」であるとも言っています。有名なロダンの作品『カレーの市民』は「傑作」だと言われていますが、実は「傑作」という言葉にはフランス語でもう一つの意味があります。それは徒弟制度に出てくる言葉です。例えば職人になる時に、職人のチーフのような人のところに弟子に入ってフランス中を色々周り、修行をします。その修行の最終段階でひとつ自分の作品を作り、それで先生が認めてくれたら初めて職人として認められるという制度があるんです。その「最後の作品」を「傑作」と同じ単語で「chef d’œuvre」と言うんです。なのでロダンが「chef d’œuvre」と言うとき、もしかしたら徒弟制度の終わりの作品、という意味で使っていたのではないかと、私は思うんです。彼が著書の中でそう言っているので、ここでは「chef d’œuvre」とする他なかったのですが。

彼は時々謙虚になり、いつも自分のことを「職人」や「漆喰職人」、「労働者」と言っています。それは彼が貧しい階級の出身だったということと関係があるのではないかと思います。ロダンは美術学校に入学をしようとして3回受けますが、全て不合格になっています。ですから長いあいだ助手を務めており、彫刻家として自立するのは40歳になってからでした。この時代、芸術家になるのは普通に美術学校を出た人だけでしたから、アカデミックな世界に対して絶えず不信感を持っていたんだと思います。

美術学校は当時、生徒たちにとってアカデミックな教育を行っていました。今日はそういうことも無くなり、すぐに石膏模型を作ったりせずに前衛を教えたりしますが、当時は決まりきったアカデミックな教育をしていたんです。ただそこで教えられていたことは、例えば記念碑であればピラミッド構造をしていないといけないとか、真ん中が高くなるピラミッド型に構造されていないといけないですとか。『カレーの市民』の際はカレー市と話し合いがあり、カレー市の当局側はロダンに対して、『カレーの市民』の作品の中で一番重要な人物を真ん中に高く据え、他のひとが周りを囲むようなピラミッド型の構成にしてほしいと考えていたそうです。しかしロダンはそういう美術学校の教えに反対していので、そのピラミッド型の構成に従わない『カレーの市民』を作りました。当時はそれだけで既に革命的なことだったのです。

ただ気をつけて考えないといけないのは、ロダンの中には様々な側面があり、真っ向となる二人のロダンがいるようなところがあります。彼は本当に名誉というものに対して本当に興味がなかったわけではない、という側面も徐々に見えてくるのです。40歳から45歳にかけての初期のロダンは、他の彫刻家たちから全く尊敬されていない人物でした。ところが少しずつ有名になってくるにつれその名声はかつてないほど大きなものになり、あらゆる勲章をもらうようになります。フランスのレジオン・ド・ヌール勲章も、シュヴァリエ、オフィシエ、コマンドゥールとレベルが上がってゆき、最高のところまでもらっていくことになります。ウィーン、チェコ、ドイツ、イギリスなど多くの外国から招待されて、まるで国王のように歓迎を受けます。そしてロンドンでは、ホイッスラーが亡くなった時に米国画家と彫刻会の司会を務めています。昔からの内気さを持ってはいても、こういった名誉は彼を喜ばせていたのではないかと思います。

ブレヒトのお芝居で、ヒトラーのことを揶揄している『アルトゥロ・ウイの興隆』というタイトルの戯曲があります。主人公が社会階層をどんどんのぼっていき、頂点に達するというお話です。ロダンは30〜40歳の時にもう美術学校を落ちてますから、普通でしたらアーティストになれません。ところが有名になってくると、65歳ではヨーロッパ中の王侯貴族たちが彼に会いに来ます。英国王やフランスの大統領、ヨーロッパの有名な作家や文豪、フランスではマラルメに始まる有名な文学界の人々がやってくる。リルケやツヴァイクはまだ当時は有名ではありませんでしたが、既に有名だったスティーブンソンから手紙が来たり。あらゆる人々が彼に会いにきて、ロダンは当時「必ず会わなくてはいけないアーティスト」という存在になっていました。それこそ「抗いがたい」信じられないような出世です。

ロダンの名声がどれほどだったかについて、面白いエピソードがあります。イギリスの作家で、昔ほど有名ではありませんが、ジョージ・バーナード・ショーという有名な戯曲家がいました。彼の奥様はとてもお金持ちで、彼女の胸から上の胸像を作ろうということになりました。その時、ショーは奥さんにむかって、「あなたが後世に名前を残したいなら、ロダンに頼みなさい。ロダンに頼まなかったらあなたはただの馬鹿です」と(笑)。アメリカの百万長者はみんなフランスやヨーロッパに遊びにきたら必ずロダンに彫刻を注文して、自分の胸像を作らせていました。今ではピュリッツァー賞でしか知られていないピュリッツァーもそうでした。新聞王の彼は健康を害してフランスのナントに保養に来ており、その時にロダンに自分の胸像を作らせています。この時、ロダンは作ってもいいけれども条件があると言いました。上半身裸になってください、と。そうしたらピュリッツァーはとても困って、とんでもないと言いました。でもそうじゃないと作れないとロダンが言うと、召使に外に出ててくださいと言いました。ロダンさん、あなたとふたりだけなら上を脱いでもいいと。召使に自分の上半身を見せたくない、と(笑)。他にも鉄道王やニッケルの企業の企業王など、そういったアメリカのお金持ちは全員ロダンに胸像を作らせています。こうしてロダンは多大なお金を稼ぐことができますが、それだけ「時間の無駄」も随分しています。

 

肉体と断片について

 

前作「ラブバトル」はこれまでの監督の作品のなかでも、際立ってフィジカルな作品だという評価をうけていると思います。今作はアトリエでの静謐な空気やカミーユとの言葉のじゃれあいからより叙情的な作品にも思えましたが、話が進むにつれ、同じくフィジカルな作品と感じるようにも感じました。それというのも、主人公ロダンは”手”を使って芸術を生み出しますし、この手の動きは言葉よりも強く印象に残ります。

『ラブバトル』と『ロダン』はよく合っている作品だと思います。1870年、彼が30歳の時に普仏戦争が起こり、パリにプロイセン人が攻めてくるのではないか考えられていた時期、色んな人が兵隊に引っ張っていかれました。この時、例えば画家などは、それぞれの名声に従って階級をもらうことになるのです。メソリネといういまでは知られていない画家がいますが、彼は当時有名だったので大佐になりました。マネもかなり良いいい階級をもらっています。でもロダンは画家としても彫刻家としても知られていなかったので、軍隊のなかで一番下の階級しかもらえませんでした。ロダンはとても肉体的な人物で、彼の兵役の時の記録で手帳にも記録が残っているように身長は163cmと低身長でしたが頭が大きく、巨大な足を持っていました。粘土をこねる時もすごく力を入れて唸りながらこねていました。熊のように、自分を励ますかのように、唸り声や叫び声を自分に対してかけながら、音をたてて粘土をこねていたんです。そうやって粘土に対して力を入れて時々声をだして、自分を怒鳴りつけたりしながら仕事をする。それが彼なりの語調するやり方だったと思います。

 

評論家がロダンに対して「女性に性を与えた彫刻家」と評した瞬間、作りかけの像の首をいとも簡単に切り落とすシーンがとても印象的でした。

あそこで首を切ったのは、男性でも女性でもどちらでも良いものにするという意味ではなくて、体全体があることが美しさを作ることに必要ではない、という意味なのです。むしろ顔の部分があることで、エネルギーの源である顔の美しさが邪魔になっているのではないかと考えたからです。もちろんその時彼が考えていたのは、ミケランジェロに端を発する美術用語「non finito(未完成の)」という考え方です。だんだん彼は古代ローマやギリシャの彫刻に関心を持つようになりますが、古代のそうした彫刻は、現代に伝わってきた時はもう完全な状態ではなく、かけらや断片が残っているだけです。ロダンは、儲けたお金を家の暮らしを安楽にするために一銭も使いませんでした。車や家具も買わなかったし、食堂も簡単な2本の支えに一枚の板を乗せただけのものがあっただけで、素晴らしいテーブルもありませんでした。ではお金を何に使ったかというと、そういう古代ギリシャやローマの彫刻、骨董の断片を買っていたのです。良いものもあれば大したことがないものもありますが、彼が美しいと思った、何かを感じて買った古代彫刻のかけらです。それが彼の家には何千もあります。ロダンにとってそれらは完全である必要はなく、頭や手足がなかったりする。けれども手あるいは胴体だけになってしまった彫刻が本当に素晴らしく、完全に全てが揃っている必要はない、と彼は考えていたのです。彼の彫刻にあるそうした未完成な側面は、随分非難されています。例えばロダンが作ったアデルの胸像は、よく見てみると手がないし足の部分も終わっていません。けれどもその胴体のところにエネルギーの源があって、その胴体だけで美しい。だからそういう四肢は彼にとってどうでもいいのです。そのあと彼は「アッサンブラージュ」で人物像を完成させますが、アデルの胸像に手や足も揃えると、もう全然面白くないものになってしまいます。最初の胸像を知っていると、完成して全てがあることが面白くないものになってしまいます。恐らく、彫刻の断片に対する好みをここまで全面に出したのはロダンが初めてだったと思います。彼は歳をとればとるほど、そういう断片に対する好みがはっきりと出てくるようになります。

 

断片と未完成について

 

いくつもの印象的なセリフのなかでも、「自分の作品は完成していない」というのに対し、「木は完成を迎えるか?カテドラルは?」というシーンがありましたね。

断片と未完成は少し違います。「断片」は、作品のかけらです。例えば手や足。ちゃんと彫刻を作っていて、どんな人物ができたとしても、ロダンは敢えてそれを壊して、主要ではない大事ではないものを取り外していきます。四肢が揃っていることで完全であるという理由は全くない。むしろ手や足は邪魔だからといって、それを取り除いてしまうということもありました。古代ギリシアの『ミロのヴィーナス』はその一番有名な例です。この作品には、腕も頭もありません。もちろんロダンが完全な人間、体の全部を作れなかったかというと、そういうわけではありません。『カレーの市民』では、2本の腕で街の鍵を持っている人間がいます。それは本当に素晴らしい出来栄えです。ただ『カレーの市民』から長い時間をあけておそらく断片の重要性に気づき、彼は徐々に断片だけの方向に向かったのです。またロダンは彫刻を作っている時に「ここでいい」と思って途中でやめてしまうということもありました。完璧に何もかも揃っている作品にする必要がない。あるいは完璧な何もかも揃った人物像ができたとしても、それを壊してしまう。役に立たない、と手や足を取ってしまったりもします。胸像であれば最初から胸より上しかないわけですが、更に頭もない作品もあります。

「未完成」については、確かに作品は決して終えるものではない、とは考えていたとは思います。作品をずっと作り続けている時、一番美しいと思った瞬間にその作品から手を引いてしまったほうがいい。なぜなら完全なところまで作ろうと思うと終わりがないから、一生かかっても完成しないだろう。そんな風に考えていました。またロダンは年が進むにつれて、自分の作品のなかに「痕跡」を残そうとしていました。彫刻の際は最初に粘土で模型秀作を作り、それを彫り師が彫っていくのですが、その石膏の模型に例えば指の跡が残っていることがありました。彫り師が「この指の跡をどうしますか」と聞いたところ、「残してほしい」というんです。自分の仕事、自分のしてきたことが作品のなかに含まれていること。それを彼は望んでいたようです。ロダン美術館に所蔵されている彼の石膏模型で『眠り』という素晴らしい作品があります。この作品には、糸のクズや紙や針金や蝋、いろいろなめちゃくちゃデタラメなものが含まれています。恐らくカミーユ・クローデルがしていたように、見かけがツルツルと磨かれて出来上がったような作品を、ロダンは嫌っていたのだと思います。むしろ凸凹していて、素材が見えてゴツゴツしているほうが生命があると考えていました。1880年代までは同じようにツルツルした作品を作っていましたが、だんだんそれをしなくなってしまいました。外がツルツルに磨かれていると、何かが出来上がって終わったという印象を与えてしまい、その彫刻は死んでいる。それに対して磨かれきっていない凸凹ゴツゴツした素材が見えているもののほうが「生きている」と彼は考えていたのです。

ロダンが彫刻で行った新しい改革のひとつに、「アッサンブラージュ」があります。映画のなかでもその手法を見せていますが、彼の『地獄の門』では実に様々な彫刻が組み合わされています。ひとり後ろ向きに手を上げて倒れている男の人がいますが、ロダンはその男を後ろ向きにではなく立ち上がらせようとします。そこで立像の石膏模型を別に作ってきてそこに置くのですが、後ろ向きに倒れていた腕が前にやってくることになります。すると、ロダンはその腕の中に誰かを置けると考え、地獄の門におびえてうずくまっている女の像を持ってきて、男の腕の中に入れます。すると今度は腕の位置が変になってしまうので、別の腕を持ってきてそこに組み合わせるのです。ロダンはアトリエのなかに、「屠殺をして殺して落とした欠片」と呼んでいた腕や手だけなどの欠片を、10本から100本ほど持っていました。そのなかから腕を選んできて、女を抱かせます。これがひとつの「アッサンブラージュ」なんです。そうすると面白い結果が生まれます。すなわち腕のなかにその女性を置いたことで、その女性が怯えているのが男性に対して怯えているようになるのです。つまりこのうずくまった女は自分を地獄の門につれていこうとしている男に対して怯えており、自分を抱きしめている男を拒否しているのではないかと考えることが出来るのです。2時間の映画ですから全てのこういったアッサンブラージュの例を見せることは出来ませんでしたが、ロダンは色々それに似たようなアッサンブラージュを行っています。

このシーンで『ラブバトル』について思い出したのでひとつよろしいでしょうか。『地獄の門』には色々な人がいて、みんな体を歪めて逃げようとしています。お互いをつかもうとしていたり、ほとんどバトルのようです。だから『ラブバトル』と今回の作品は、よく合っていると思います。『ラブバトル』という映画はそもそも、セザンヌの『愛の戦い』という5組のカップルが愛の戦いを行っている3バージョの絵から生まれたものです。私は『ラブバトル』を経て、セザンヌからロダンへと移ってきたのですね。

 

ロダンを取り巻く友人のアーティストたちについて

 

映画のなかにもセザンヌをはじめとしたアーティストたちが多く出てきましたね。

ロダンの当時の交流ですが、彼に関して書かれた本を私はほとんど読みました。そこに出てきた人物たちを映画に登場させたのですが、あれでも少ないほうでした。アトリエや室内でのロダンをこの映画では描いているのに、なぜセザンヌやモネがちょこっとずつ出てくるのか、と言う批評家もいましたが、当時のロダンはものすごくたくさんの交流がありました。彼は人気があった人物でしたので、ローマ法王ですらロダンに胸像を作ってもらおうとしたくらいです。ローマ法王は5〜6回ポーズを取ってもうそれで嫌になってしまい、結局胸像は出来なかったらしいですけどね。世界の有名な人はみんなロダンに会いに来ました。そして彼はそれを受け入れていました。映画のなかで彼の交流した芸術家たちを全員描こうとしたら、もう映画は終わらないものになっていたでしょう。

ロダンのバルザック像が協会から拒否された時、有名人たちによる募金活動が起こりました。ブロンズはとても高価なので、募金で集まったお金でロダンにブロンズを買ってあげて、完成させてバルザック像をパリの広場に据え付けようとしたのです。その時はジードやマラルメ、ゾラ、ピサロ、ロートレックなど有名人が40〜50人集まりました。でもロダンの方が断ってしまっいました。なぜならその人たちは全員ドレフュス事件のドレフュス派だったからなのです。当時の政府や世論はドレフュス反対派が主流でしたので、ロダン自身がそういったドレフュス派の人たちにお金を集めてもらったとなると、その仲間に入ったみたいでしょう。彼はそういうかたちで政治に関わりたくなかったから断ったのではないかと思います。もしも彼が政治的な意思を表明していたとしたら、むしろ私は反ドレフュス派の人のほうにいたのではないかと思います。ロダンは本当に小さなナショナリストで、アート界では先駆的で支配的な存在であったのだけど、政治のセンスはゼロでまったく面白くありません。だから名声を獲得した後は、たとえ彼が世間から酷評されたりマイノリティになった時でも、後世に名を残す数多くの芸術家たちに擁護されていた、ということを私は申し上げておきたいと思います。

 

 

 

『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』
(2017年/フランス/フランス語/カラー/シネスコ/120分)
監督・脚本:ジャック・ドワイヨン
出演:ヴァンサン・ランドン、イジア・イジュラン、セヴリーヌ・カネル
11月11日(土)新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマほか全国公開!
配給:松竹=コムストック・グループ

http://rodin100.com/

 

 

 

 

 

November 15,2017

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

ジャック・ドワイヨン監督

ジャック・ドワイヨン監督