QUOTATION

『鉱 ARAGANE』小田香監督インタビュー

interview & text by Asako Tsurusaki

 

 

ボスニアの地下深くに存在する坑道。そこで蠢いているのは、身体から汗の蒸気を出して穴を掘る男たちと、それ以上に存在感を持つ巨大な機械。彼らの姿はヘッドライトのわずかな光で時折見え隠れし、また轟音のなかに消えてゆく…。
そんな神秘的な世界を描いたのは、ハンガリーの鬼才タル・ベーラにその才能を見染められた、大阪出身の若き映像作家・小田香。その小さな身体から溢れる好奇心と興奮が、レンズを通して映し出されてゆく『鉱 ARAGANE』。2015年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でも好評を博した本作が、いよいよ劇場公開を迎えたことを記念して、小田監督にインタビューを試みた。

 

 

 

極私的な前作『ノイズが言うには』とは対照的に、今作『鉱 ARAGANE』は複雑な歴史的背景を持つボスニアの地下世界という壮大な存在をテーマにしています。そしてそこでは神秘的な地下世界と同時に、穴のなかで蠢く坑夫たちの肉体の美しさやヘッドライトの印象的な光線が描かれていました。この美しさは地上では想像もつかなかった世界だったと思うのですが、初めて坑道を前にした時、どんな世界観やヴィジョンを期待して潜っていったのでしょうか。

正直、実際に見るまで中のイメージは全く想像がついていませんでした。色々と手続きが必要だったこともあって、初めて坑道に行った時は降りることが出来なかったんです。でもその時「2回目に来たら下ろしてあげるよ」て言われて、次に訪れた時に安全管理のマネージャーさんと一緒に降ろしていただくことが出来たんです。それまで地下に潜ったことなんてなかったし、とにかく光が綺麗だったという印象でした。すごく天井が低くて横も狭くて、足元も悪く、地上に戻ると足がガクガクになります。でも体験も想像もしたこともないような長くそして限られた空間がそこにはあって、純粋にすごいなと感じました。

 

最初にこの炭鉱に出会った時は、坑道のドキュメンタリーを撮ろうと思ったわけではないんですよね。

はい。元々は私が参加していた学校「フィルム・ファクトリー」でのタル・ベーラからの課題で、カフカの短編「バケツの騎士」を原作にした作品を撮る予定だったんです。その内容が石炭を買い求める男性の話だったので炭鉱へリサーチにいったら、この坑道に出会ってしまったというわけです(笑)。当初予定していた原作ものからここをテーマにしたドキュメンタリーに変更するためには何か既成事実が必要だなと思い、まずはいくつかショットを撮って、ベーラに変更の意志を伝えました。そしたらOKをもらうことが出来たんです。この時撮影したショットは、本編にはありませんがシャワールームのショットと、トロッコで降りていくショット。それから労働のショットいくつかの、合計5つほどでした。

 

小田監督はタル・ベーラ監督が創設した「フィルムファクトリー」の第1期生ですね。タル・ベーラ監督は今作の監修に入っていますが、制作中にどのようなアドバイスがありましたか。

『鉱 ARAGANE』に限らずですが、彼がよく言ってたのは「正直でありなさい」、それと「カメラを持って撮りに行きなさい」という言葉でした。お金を集めたり準備は大変だけど、完璧な準備ができなくてもとにかく「Go and Shoot」とよく言われましたね。
また映画自体のヴィジョンが最後まで見えなくて、でもこのまま迷っていたらずっと撮影は続くし、舵を切らないといけないと思い、ベーラに相談したこともありました。そしたら「あなたが一番何を見せたいのか、何に惹かれているのかを、もう一度自問しなさい」と言われました。私が惹かれていたのは機械や鉱夫たちの労働だったので、大きなナラティブは無いかもしれないけど、この2つに重点を置いて映画を組み立てようと思いました。それで撮影最終日、マネージャーのベゴに「鉱夫たちの1日のスケジュールを書いてほしい」とお願いしました。集合して、穴に入って、作業して、体を洗って、また次のシフトがきて…。それら一連の流れを書きながら話してくれて。このメモを使って、重機と人に惹かれたというポイントを、映画を構成する元にしました。

 

彼の教えのもとでどのような影響を受けたと感じていますか。またタル・ベーラ監督は、35mmフィルムに対するこだわりがすごくある方だと聞いていますが。

私も驚いたんですが、ベーラは非常にドキュメンタリー的なんです。『ニーチェの馬』はすごく構成された劇作品でしたけれど、彼自身は人間の生々しい側面や本質とかをキャプチャーしたいと思っている人です。ちなみに彼はドキュメンタリー映画から撮り始めた作家で、20代半ばで撮った”Family Nest”という作品もドキュメンタリーでした。またベーラはデジタルに対して全然何もこだわりは無く、「デジタルもフィルムも選択のひとつだから」と考えていたようです。もちろんフィルムでしか撮れないってものがあるというのは、私たちもよくわかっているし、彼もよく言ってました。

 

特にドキュメンタリーでは、「瞬間」を逃さずに撮るためにデジタルでないと出来ないことがたくさんあると思います。この作品からは特にそのことをよく感じました。

ああ、そうですよね。今回はデジタルの勝利じゃないですかね(笑)。フィルムだと私一人では扱えないし、暗すぎて映りませんから。今回カメラは、小さい5Dのカメラを使いました。5Dの内臓マイクって評判が悪いんですけど、今回はすごくクリアに撮れてびっくりしましたね。地下という特殊な環境も関係していると思いますが、爆音だったせいかもしれません。小音だとノイズを拾っちゃいますけど、爆音だとその音しか聞こえませんから。

 

坑道の中に入るためには、どんな準備が必要だったのでしょうか。

救命セットの扱いなどの講習を5分だけ受けたのと、「何が起きても自己責任である」という一筆を書いたことくらいですね。一人で潜ろうとしたらもっと特別な講習があるみたいですけど、私はいつもマネージャーは付き添ってくれていましたから。地下に降りるのに20-25分、それから3時間くらい潜って撮影していました。半年間で10回降ろしてもらったので、収録時間は20時間だったと思います。とにかく暑さと寒さの変化が激しくて、降りる時は空気が通るのでものすごく寒いんですが、中に入ると蒸気がのぼるくらい汗が出て、すごく蒸し暑いんです。

 

もう一度あの穴に行きたいという気持ちはありますか。

別プロジェクトとして、鉱夫の人の顔を撮ってみたいとは思っています。『鉱 ARAGANE』でも顔の一部は見えるんですが、彼らのライトのほうが圧倒的に強いので、少しでも顔を背けていたりしていたら、彼らの顔が全く見えないんですよね。彼らの顔ってすごくアピールしてくるものがあったから、それにキャプチャーしたかったな、と少し思います。坑道で流れる時間や空間に惹かれたのも、人の営みや労働を無意識的に感じていたからなんだと思います。あんなに巨大な機械や木材があんなに狭い穴に入ったりするのも、人の労働がないと無理ですしね。

 

ドキュメンタリーとは、撮る側と撮られる側の信頼関係というものが必要だと思います。坑道に入った監督自身の勇気はもちろんですが、それと同時に坑夫の方達にとっても自分たちの聖域に他者が入ってきたことを、どのようにして受け入れられることが出来たのだと思いますか。

私のそばにいつもマネージャーがいてくれたというのが大きかったと思います。私ひとりだと勝手な行動をすることは出来ませんから。それと遠い極東からきた私という日本人が、何故かわからないけれど自分たちに興味を持って撮影したいと思っているということに、好奇心を持ってくれたのかもしれません。坑夫の人たちとの共通の言葉は無かったので、身振り手振りを見て何か起こってるなというのは感じていましたが、具体的に何を話しているのかはわからない状況で撮影を続けていました。

 

坑夫たちの肉体に対するこだわりもですが、機械のベルトコンベアや油の質感、巻き起こる砂塵など、機械がとても親密な存在としてそこにある印象を受けました。

それは、「無視できない」という感覚が強かったからだと思います。人の肉体もそうですが、マシンの振動などを通して機械は圧倒的な存在としてそこに存在していて、自然に私にアピールしてきたから撮っただけという感じです。それとすごく色っぽくも感じたんです。光が交差する中で見えたり見えなかったり、油でヌルヌルしていたり。そういう表情がとてもよくて、好きでした。

 

坑夫の彼らに向けた上映会をしたんですよね。彼ら自身も見たことのない自分たちの姿だと思うのですが、自分の姿を見るということのフィードバックとして、どんな反応が返ってきましたか。

仰る通りのことを言ってましたね。普段、地上で働いてる人たちは地下で何が行われているのかわからないでしょうし、そんな地下の自分たちがカメラでキャプチャされることによって、主人公になる体験が出来たのはよかった、と言っていました。上映は、映画にも出てきた点呼をする部屋で行いました。この映画はちょっとでも明るいとほぼ見えないぐらい暗闇の映画なんですが、そんな状態でも上映させて頂きました。とても感慨深く、あったかい言葉をたくさん頂きました。

 

今後の予定について教えてください。

次の作品は「エッセイ映画」を準備しています。私が最初に自分のカミングアウトを撮った「極私的なセルフドキュメンタリー」に再び戻ってみたプライベートムービーです。あの時から今回の作品までに考えてきたことと、ボスニアでいろんなことを経験してきたことを、まとめた映画になる予定です。
その次のプロジェクトでは、メキシコのユカタン半島のメリダ州周辺にたくさんある水中洞窟「セノーテ」を撮影しています。ここメリダは未だにマヤ族の人たちがマヤ語を喋っていたり、コミュニティが存在している場所なんです。そこの神話も絡めた作品を、メキシコの友人と一緒に撮ってます。みんなには、「また潜るの(笑)?」て言われていますけれど(笑)。

 

 

『鉱 ARAGANE』
(2015年 / ボスニア・ヘルツェゴビナ、日本 / 68分)
監督:小田香
監修:タル・ベーラ
配給:スリーピン
http://aragane-film.info/

10/21(土)~新宿K’s cinemaにてロードショー、以下全国順次公開中

 

 

 

 

 

 

October 26,2017

©film.factory / FieldRAIN

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小田香監督

小田香監督