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東京国際映画祭2016レポート

text : asako tsurusaki

『痛ましき謎への子守唄』(監督:ラヴ・ディアス) ©Films Boutique

2016年の国内映画祭を振り返る第二弾は、日本ではじめて大規模な映画の祭典として誕生した歴史的な国際映画祭、東京国際映画祭。今年はコンペティション審査委員にジャン=ジャック・ベネックスやメイベル・チャンを迎え、日本最大規模の映画祭にふさわしいベテランから若手まで多くの才能が集った。
2016年は世相も反映してか難民や移民を扱った作品が多く目立ち、また[アジアの未来]部門では特に女性の台頭をテーマにしたものが多く見られた。今年は惜しまれながら亡くなったアッバス・キアロスタミ監督追悼特集(『キアロスタミとの76分15秒』『Take Me Home)』や、今年から新設された企画youth部門、tiffティーンズ、tiffチルドレンなど、すべての映画を巡るのが不可能なくらいのヴォリュームを見せてくれた。

10日間の開催期間中に274本の作品を上映し、181,031人の動員数を記録したこの映画祭。今回はその膨大な数から、わずかだが3本を紹介したい。

 

[ワールド・フォーカス部門]
『痛ましき謎への子守唄 / A Lullaby to the Sorrowful Mystery [Hele sa Hiwagang Hapis]』
監督:ラヴ・ディアス
出演:ジョン・リョイド・クルス、ピオロ・パスカル、ヘイゼル・オレンシオ、アレサンドラ・デ・ロッシ、ジョエル・サラチョ、スサン・アフリカ
(2016年/フィリピン/489分)

1本目は、2014年に『北(ノルテ)―歴史の終わり』(250分)2015年に「昔のはじまり』(338分)で紹介されてきたフィリピンの巨匠ラヴ・ディアス監督の今回の作品は、さらに2時間半増しの8時間という驚異の映画体験である。
時代は1896年から翌年にかけてのフィリピン革命期。実在の革命の英雄や国民的な文学作品の登場人物、土着の神話に登場するキャラクター、これら3層の物語が入り交じって進行していく。「独立戦争のある一定の時期を捉えた歴史の一部と、実際にその時期に生活をしていた人を、スペクタクルではなく、ただ冷静に描こうとしたんです。当時の偉大な作家の作品のキャラクターや、神話的な部分で歴史を語り、その時代を検証するという風にとらえていただければと思います」。革命運動のリーダー、アンドレス・ボニファシオの遺体を探す妻グレゴリアの旅を主筋とし、ホセ・リサールの「ノリ・メ・タンヘレ」「エル・フィリブステリスモ」の主人公イサガニやシモンが登場し、さらに半人半馬の「ティクバラン」のエピソードも挿入されていく…。
ラヴ・ディアスが前2作で展開された、フィリピンにおけるファシズムの起源を問うというテーマは本作にも継承されている。人間たちがさまよう迷宮のような森はひとりの登場人物とも言えるほどの存在感を示しており、「当時のフィリピンを象徴するメタファーとしての”ジャングル”」として、その中で赦しと自由、解放を巡る人間たちの彷徨う姿が描かれている。
ドゥテルテ政権発足後ますますゆれる現代のフィリピンにおいて、この作品が公開されることは大変大きな意味を持っていると言えよう。「我々の歴史の中で大事なエポックの部分、歴史で否定され忘れ去られている出来事たち。それをこの作品でまた目撃していただきたいのです」。ディアス監督にとって映画作品の題材のインスピレーションになるのは、フィリピンがこれまで越えてきた苦悩だという。作品のラストで主人公イサガニがつぶやく、「この祖国は悲劇を忘れ、歴史をくりかえす」という言葉が印象的だ。
8時間という上映時間の長さや映像のスタイルが商業的でないと自ら断言するディアス監督。しかしだからこそ映画祭で上映することは大変重要なことだと続けた。「僕は妥協したくないんです。妥協したら映画が台無しになってしまう。こちらから観客に強要するのではなく、観客が受け入れてくれるまで待たなければならない」。観客を、映画が待つということ。“Cinema can wait”。ディアス監督はそのように、映画祭の記者会見で最後に我々へ向かって言葉を残してくれた。
本作は今年2月のベルリン映画祭で銀熊賞を受賞。ラヴ・ディアス監督はさらに9月のヴェネチア映画祭で次作“The Woman Who Left”が金獅子賞に輝き、現在はハーバードのフェローシップでアメリカに滞在している。

 

[コンペティション部門]
『ダイ・ビューティフル / Die Beautiful』
監督:ジュン・ロブレス・ラナ
出演:パオロ・バレステロス、クリスチャン・バブレス、グラディス・レイエス、ジョエル・トーレ
(2016年/フィリピン/120分)

続く2作目も、新進映画大国フィリピンから届いた作品。ラヴ・ディアスやブリランテ・メンドーサに続く中堅の世代としていまアジアのみならず世界中で人気の作家、ジュン・ロブレス・ラナが、満を持して描いたあるひとりのトランスジェンダーの笑いと涙と愛に満ちた生涯、『ダイ・ビューティフル』だ。美女コンテストで優勝した直後に突然死したトランスジェンダーのトリシャの生前の願いを叶えるべく、仲間達が集ってくる。その願いとは、埋葬前に幾夜も行われる葬儀で毎回違うセレブの装いを纏うこと。ガガやブリとニー・スピアーズ、ジュリア・ロバーツなどに扮した様子は、SNSを通してちょっとした人気を博すことになる。仲間達は毎夜トリシャにメイクを施しながら、彼女が一生懸命に生きたカラフルな人生を振り返ることになる。息子として、母として、恋人として、友人として、そしてクイーンとしてのトリシャを…。
マルコス独裁政権下で時代の荒波と闘う『ある理髪師の物語』や死期を意識した独居老人と野良犬の交流を描いた『ブワカウ』など、死や孤立に立ち向かう人間の生き様を暖かく描くことで定評のあるジュン・ロブレス・ラナ。今作では初めて、フィリピンでのLGBTソサエティに真っ向から立ち向かった作品となった。この映画を作ったきっかけは、2014年にフィリピンで実際に起こったトランスジェンダーの殺人事件「ジェニファー・ロード事件」にインスピレーションを受け、トランスジェンダーに理解を深めた作品を撮りたいと思うようになったという。「この事件の残虐性ももちろんですが、僕が驚いたのは事件に対するSNSの反応でした。”こんな変態は殺されて当然だ”、そんなメッセージで溢れていたのです」。ラナ監督は、そんなジェニファーたちの姿を伝えることによって、違いを見ることで理解が深まることの大切さを訴えている。
またラナ監督は”死”に対するリスペクトを込めつつ、お通夜の彼らの人生を振り返ったとき、ランダムに思い出しその人の人生のハイライトをいれた軽いユーモアさを忘れない。「フィリピンは、そういうお葬式のような場でもユーモアを織り交ぜる国民性なんです。今作では人生を肯定し、美しく生きることを勇敢に選んだ主人公を描いています。僕が映画をつくるときは、ストーリーの中の女性や主人公が強くて知性を持ち楽観的な人物が多いです。今回は、彼女がどう生きたかがテーマなのです」。
本作は本映画祭で観客賞と最優秀男優賞(パオロ・バレステロス)をダブル受賞した。

 

[アジア・オムニバス映画製作シリーズ アジア三面鏡2016]
『SHINIUMA Dead Horse』(監督:ブリランテ・メンドーサ)
『鳩 Pigeon』(監督:行定 勲)
『Beyond The Bridge』(監督:ソト・クォーリーカー)

製作:国際交流基金アジアセンター/ユニジャパン(東京国際映画祭)
特別協賛:IMAGICA
統括プロデューサー:久松猛朗

今年度よりスタートした、ひとつのテーマのもと、3人の監督がオムニバス映画を共同製作するプロジェクト「アジア三面鏡」。第1弾は、「アジアで共に生きる(Living Together in Asia)」をテーマに、ブリランテ・メンドーサ(フィリピン)、行定勲(日本)、ソト・クォーリーカー(カンボジア)の3監督が、日本とフィリピン、マレーシア、カンボジアを舞台に製作。それぞれの国の文化や歴史が、登場人物の現在・過去と共鳴し、心打たれるストーリーが誕生した。
フィリピンのブリランテ・メンドーサによる、北海道・帯広で不法滞在しているフィリピン人労働者がマニラへ強制送還される顛末を描いた『SHINIUMA』。日本からは、行定勲監督によるマレーシア・ペナン島を舞台にした、鳩を飼う孤独な日本の老人と若いマレーシア人女性ヘルパーとの交流が綴られた『鳩 Pigeon』。そしてカンボジアからは、昨年『シアター・プノンペン』で第27回東京国際映画祭「アジアの未来」部門国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞したソト・クォーリーカーによる、クメール・ルージュ政権の時代と現代が交錯する、プノンペンの「日本橋」修復に携わった日本人青年の物語、『Beyond The Bridge』。
全て胸に響く美しい作品であったが、特に心に残ったのは行定勲監督の『鳩 Pigeon』。マレーシアに住む日本人高齢者という実態を、老人の孤独、息子との確執、若いマレーシア女性との温かい交流で魅せる演出力も見事だが、時折挿入される老人の太平洋戦争の遠い記憶、そして老人が飼っている鳩を放つシーンが大変に詩的で素晴らしかった。とても贅沢な企画で、是非これからの発展を期待したい。

 

2017年10月、東京国際映画祭は30回という節目の年を迎える。記念すべき「第30回東京国際映画祭」は、10月25日(水)から10日間六本木ヒルズを始めとする各会場で更なる熱気を沸き起こすことだろう。

映画、TV、アニメーション、出版等を扱う、マルチコンテンツ マーケット「TIFFCOM」が、2017年より池袋・サンシャインシティをメイン会場として移転・開催することが決まっている。多彩なコンテンツホルダーが一堂に会し、アジア諸国だけでなく、世界各国から有力なバイヤーが来場するこのイベントも、ぜひお楽しみに。

[第30回東京国際映画祭]
会期:2017年10月25日(水)~11月3日(金・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区)ほか
www.tiff-jp.net

[TFFCOM2017]
会期:2017年10月24日(火)~26日(木)
会場:サンシャインシティ コンベンションセンター(東京・池袋)ほか(予定)
www.tiff-jp.net

 

 

 

 

February 20,2017

『痛ましき謎への子守唄』記者会見 ラヴ・ディアス監督

『痛ましき謎への子守唄』記者会見 ラヴ・ディアス監督

『ダイ・ビューティフル』(監督:ジュン・ロブレス・ラナ) © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

『ダイ・ビューティフル』(監督:ジュン・ロブレス・ラナ) © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

『ダイ・ビューティフル』記者会見(左より、ジュン・ロブレス・ラナ監督、主演のパオロ・バレステロス、プロデューサーのペルシ・インタラン)

『ダイ・ビューティフル』記者会見(左より、ジュン・ロブレス・ラナ監督、主演のパオロ・バレステロス、プロデューサーのペルシ・インタラン)

「アジア・オムニバス映画製作シリーズ アジア三面鏡2016:リフレクションズ」 ©2016 The Japan Foundation, All Rights Reserved.

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