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映画 『シリア・モナムール』 レビュー

text : asako tsurusaki

©  2014 – LES FILMS D’ICI – PROACTION FILM

 

 

故郷シリアの戦禍を逃れてパリに亡命した映画監督オサーマ・モハンメド。ある日彼のもとに、SNSを通じてある一通のメッセージが届く。
「あなたがシリアにいたら、何を撮りますか」。
送り主はクルド語で「銀の水」を意味するシマヴという女性。シリア政府軍に包囲された町ホムスに住む彼女に対し、オサーマは「すべてだ」と答える。その言葉を受け取ったシマヴはシリアの街へ出て、カメラを回し始める。彼女はやがてオサーマの耳目となり、シリアの惨劇とその中を生きる人々の表情を映した映像を送るようになる。パリの雨音と、乾いたシリアの瓦礫。いつしか彼女との映像書簡を心待ちにするようになったオサーマは、彼女から送られる映像と、YouTubeに投稿された「1001人のシリア人」が撮影した断片的な映像を、幾重にも織り成す作業に没頭する。その命をかけた共同作業はやがて、「シリア」と「愛」に関する壮大なシリアの叙事詩物語を綴ることになる…。

 

「この映画を通じて、
私はある女性と長い対話をしました。
その対話は、ある男性 = わたしを
長く孤独なトンネルから救い出し、
未来へと再生させたのです。
ある女性 =“シマヴ”とは、
シリアの未来を表すメタファーそのものなのです。」
(オサーマ・モハンメド /手記)

 

山形国際ドキュメンタリー映画祭2015(優秀賞受賞)で初上陸し会場に衝撃を与えた『銀の水 シリア・セルフポートレート』が、この度新たに『シリア・モナムール』のタイトルで劇場公開を迎えることになった。活き活きとした子供たちの笑顔が数秒後に冷たい屍となり、楽しく話らっていた友人が一瞬にして爆弾の粉塵となり、今朝まで当たり前のように一緒に過ごしていた息子が拷問に連れていかれる。そんな目を背けたくなるような血塗られた日常と地続きに、遠く離れたパリや日本と同じく音楽や映画を楽しみ、家族や友人を慈しむ美しい瞬間が綴られてゆく。それは私たち観客に対して、シリアで起こっている非日常的な惨劇は日常であることを再認識させることになる。私たちはついニュースから発せられる被害者の”数”で被害の甚大さを図りがちになってしまうが、その数のひとつひとつに”顔”や”声”があり、”物語”が生きているのだ。

 

オサーマを愛しそうに”ハヴァロ”(クルド語で「友」の意)と呼ぶシマヴは、文字通りオサーマの目となり耳となり、自ら銃撃に巻き込まれながらも運命に身をまかせるかのようにカメラを廻し、シリアのいまを伝えてゆく。シマヴから届くチャットの音さえ、エディット・ピアフのレコードとおなじく美しく響き、男女が互いを慈しみあうヴォイスの掛け合いからは、”ひとりのシリア人男性”としてのオサーマの感情が美しく描かれる。そしてそんな遠く離れた故郷で生きる愛しい友人-共犯者と語り合いながらプロセスを共有して創作を進めるオサーマの姿からは、映像人類学的アプローチのような冷静で冷徹とも言える”シネアスト”の視線を垣間見せる。この二つの間で常に揺れ続けている姿が、見ていて大変切なく感じられた。

 

本作には、「千夜一夜物語」を思い出させる「千と一人のシリア人の物語」という言葉が幾度となく繰り返される。
千夜一夜物語はもともと、女性不信に陥り毎夜女性を殺戮していたのを止めるため、賢い娘が自ら王に嫁ぎ、毎夜王に興味ふかい物語を語り、遂に殺戮をやめさせるに至る昔話だ。殺戮を止める平和のメタファーである「1001」という数字が、やがてこの狂った世界に平和の終止符を打つことを、ささやかながら日本から祈りたい。

 

 

『シリア・モナムール』
*山形国際ドキュメンタリー映画祭2015上映時タイトル:「銀の水―シリア・セルフポートレート」
シアター・イメージフォーラムほかにて公開中 全国順次ロードショー

配給:テレザとサニー
製作:2014年/シリア・フランス/96分/アラビア語
スタッフ: 監督・脚本 オサーマ・モハンメド、ウイアーム・シマヴ・ベデルカーン
http://www.syria-movie.com

 

 

 

 

 

June 28,2016