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QCinema 2015 レポート / “Matangtubig(Town In A Lake)” Jet.B. Leyco監督インタビュー

interview and text:asako tsurusaki

“Matangtubig”(監督:Jet B. Leyco) 

 

2006年より始まった、ケソンを舞台にフィリピンの熱き才能が爆発する映画祭「QCinema International Film Festival(QCinema)」が2015年度も開催された。ケソン・シティのローカル・フィルム・コミッション「Quezon City Film Development Commission (QCFDC)」が運営するこの映画祭。今年はフィリピンの実力ある若手作家より選りすぐったCircle Competitionやドキュメンタリー部門のDoQC International Documentary Competition、また世界中のLGBT作品を紹介するRainbow QCなど、10日間にわたって実に200本以上の作品が上映された。

 

なかでも目玉となるCircle Competitionでは、ミンダナオを襲った巨大台風の脅威を受けるゲリラ部隊の生き様をまるで『プラトーン』の戦場さながらに力強く描いた”Lisa”(監督:Chuck Gutierrez)、エリートの大学生が女性に溺れてゆく様を艶めかしく描いた”Gayuma”(監督:Cesar Hernando)、また不眠症という共通点で心通わせる男女の交流を爽やかに描いた”Sleepless”(監督:Prime Cruz)や実話を元に描かれた神秘的なヒューマン・サスペンス”Matangtubig”(監督:Jet B. Leyco)など、多彩な世界観に劇場が染められていたのが強く印象に残った。

 

そこで今回は、近年ロカルノを始めとする世界中の映画祭で頭角を示し始めているJet B. Leycoより新作”Matangtubig”について、話を聞くことができたのでここで紹介したい。前々作”Ex Press” (2011) と前作”Bukas Na Lang Sapagkat Gabi Na” (2013)に一貫してJetが描いているのは、自国フィリピンの民が受けた戒厳令という歴史の記憶、そしてそれを忘れてはいけないという戒めだ。今作では、実際に起こった2人の少女失踪事件を巡り、彼女たちを取り巻く人々の中に潜む善悪が闇夜にジャングルの闇夜に溶けてゆく様が、生々しくも神秘的に描かれている。

 

本作は、静かな村で発見された一人の少女の遺体から物語は始まる。そして続くもう一人の少女失踪事件。悲しみにくれる被害者の家族と村に広がる嫌疑、好奇の目で群がるマスコミ、そして密かに沈黙を続ける目撃者…。やがて村に祭りの季節が訪れる。それは眠っていた邪悪な存在が目を覚まし、嵐を運んでくることを意味していた…。

 

interview with Jet B. Leyco

 

■今作は、起こってしまった悲劇に巻き込まれた人間たちの悲しみを描いたこれまでの作品たちと違い、事件を傍観・目撃している人間たちの目線で描かれた作品だと感じました。主人公(Homil)も事件の目撃者となってしまった一人ですが、彼はこの物語の中でどういう役割を担っているのでしょうか。

僕からすると、目撃者のHomil自身も犠牲者の一人だと思うんです。人間としての良心、イデオロギー、そして真実を述べる主義…、いろんなもののね。Homilは、ある意味で観客である”あなた”そして”私”たちを体現している存在です。Homilも観客たちもみんな、映画のコンテクストやスペースを共有しており、犯罪を犯した人間の存在を知っていますからね。そしてもし僕らがHomilと同じ体験が自分の身にふりかかったらどうなるかを、自分たちの価値観のもとで想像するでしょう。その時、僕らはどんな行動や反応をするのだろうか。悪魔が犯した行いや、事件に共感もしくは無関心な社会と人間性に対して、どう思うのだろうか。

 

■ラストに登場する男女もまた目撃者ですね。女性が手から炎を出すシーンがありますが、これは何を表しているのでしょうか。

女性の手から出ている炎が何なのか、ここではっきり述べることはやめておきましょう。それは観客個々人の”解釈”をさらけ出してしまうことになりますから…。ある人は超常現象やエイリアンの類じゃないかと言うでしょう。でもまたある人はニーチェの”ubermensch”(超人)的な比喩ではないのかと思うかもしれません。観客はみんなそれぞれの思考や嗜好によって、想像するものが違ってくることでしょう。

 

■これまでより一層、ジャングルに潜む闇や神秘的で物々しい存在が描かれています。中でも作中の後半に不気味で黒い大きな巨人が登場しますが、これは何を象徴しているのでしょうか。

闇の巨人は、”破滅”を表しているのかなどいろいろ解釈出来るでしょうが…、でもこれも僕がはっきりと口にしてしまうと、観客の”解釈”に密接に影響してしまうので控えます。映画の神秘的なところは、イメージやシークエンスを実際に観ることにより、アイデアが湧き出てくるところですからね。

 

■楽隊や被害者親子同士の撮影など、ユーモアを感じられる演出も前作からの大きな変化だと感じました。これは監督の中で何か変化があったのでしょうか。

この映画を製作するにあたって、僕はクリエイティブなクルー達(シネマトグラファー、プロダクションデザイン、etc)と一緒に、シーンを作るのに何が必須で何が効果的かについて、じっくり話し合いました。つまりコラボレイティブの結果です。僕は現場で起こったムーブメントから組み立て、リズムまでの全てをオーケストラのように統合しました。時々本能(直感)や感情に従ってね。

 

■あなたの作品では一貫して、マルコス政権やその下で動く兵士たちの中に潜む悪魔に苦しめられる人々が多く描かれてきました。今回はその悪魔が隣人や顔見知りである人々にも潜んでいることを描いていましたが、このことで監督が伝えたかったこととは何だったのでしょうか。

“Matangtubig”は、たくさんのクエスチョンを投げかけている作品です。人間であり続けるとはどういうことなのか?悪魔とは一体何だったのか?僕らが毎日目にする、人の手によって生み出される苦しみ、犯罪、おぞましい出来事のニュースは、フィリピンや世界中どんな場所でも起こり得るものです。
僕らは、歴史から学ぶことを出来ていないと思っています。確かに世界はテクノロジーなどによって前進しているかもしれない。でも僕らは悪魔と呼ばれる内なる闇を抱えているんです。文明社会から自分たちを衰弱させるような悪魔をね。

 

http://qcinema.ph
https://vimeo.com/jetleyco

 

 

December 21,2015

“Matangtubig”(監督:Jet B. Leyco)

“Matangtubig”(監督:Jet B. Leyco)

“Matangtubig”(監督:Jet B. Leyco)

QCinema2015会場ポスター

左より:Herald Chavez(”Ex Press”出演)、Cesar Hernando(”Gayuma”監督)、Jet B. Leyco、Joel Ferrer(”Matangtubig”出演)